バリアフリー推進勉強会

当財団では、移動円滑化に関する新しいテーマや課題について、関心のある方々と情報共有し改善の方向性を考えることを目的とした交通バリアフリーに関する勉強会を月に1回開催しています。

第29回バリアフリー推進勉強会開催結果概要

【国際セミナー】
<テーマ:アジア大都市における高齢者・障害者の移動最前線 〜香港、台北、ソウルの事例から〜 >

開催日
2016年2月26日(金曜日) 13:30〜17:30
開催場所
日本財団 2階ホール
参加者数
120名
講師
香港リハビリテーション協会アクセス交通&トラベル部長 陸志強氏
台北・EDEN社会福祉財団交通服務事業所長 王念租氏
韓国交通開発研究院包括的交通研究部門リサーチフェロー 朴正郁氏
東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授 鎌田実氏
NPO法人かながわ福祉移動サービスネットワーク理事長 清水弘子氏

講演概要

本セミナーの開催趣旨(エコモ財団)

(以下、趣旨説明概要)

国際セミナーの様子

アジア各国とも公共交通機関のバリアフリー化は進展している。都市部でのバリアフリーはより多様な人々が使いやすいように幅を広げユニバーサルデザインの考え方が浸透しつつある。国によりバリアフリーに関する優れた特徴があり、今後相互に学びあって発展させることが必要である。

一方、外出に制約を受けている人への交通サービスの状況は国により異なっている。香港では多様な交通サービスがシステム的に展開され、台湾でも整備が進みつつある。日本では福祉有償運送、交通空白地輸送、福祉タクシーなどとして取り組まれているが、その数を増やすことや地域公共交通との連携をとることなどシステム的な課題がある。高齢者・障害者のための輸送サービスは、欧州ではSTS(スペシャルトランスポートサービス)と呼ばれ、アジアに先がけて発達してきた。福祉や交通の領域枠にとらわれず、高齢者や障害者のモビリティをどのように交通体系に位置付け、解決を図るかが課題である。地域特性、車両開発、財源などクリアすべき課題は多いが、アジア地域で情報を共有することによって、これらの課題解決に取り組んでいく必要がある。本セミナーは、アジア版TRANSED※(International Conference on Mobility and Transport for Elderly and Disabled People/高齢者、障害者の移動と交通に関する国際会議)と位置づけ、各国の持ち回りで定期的に開催して発展させたいと考えている。

※米国交通学会(TRB)の小委員会が母体となり、3年に1度開催される国際会議。日本では2004年に浜松で開催され、2018年には台北で開催される予定。

鎌田実氏「最近の日本の交通の状況」

(以下、講演概要)

講師:鎌田さん

最近の日本では、「交通政策基本法」の制定により、鉄道やバス、歩行者など移動に関する基本的な考えが示された。また「国土のグラインドデザイン2050 」では、2050年に人口が1億人未満、高齢化率が40%を超える中で、どのような国土形成が望ましいか検討され、「コンパクト・アンド・ネットワーク」という考え方が生まれた。

次に車両の現状について。「一般路線バス」は、地方ではまだまだノンステップ化していないが、メーカーがバス仕様をノンステップ化に統一している。「高速バス、リムジンバス」は、まだバリアフリー化さていないが、オリンピック・パラリンピックが契機となりそうである。「小型バス」は、リフトを設置すれば、車いす使用者は利用できるが、高齢者はローフロア化が必要である。「タクシー」は、UDタクシーとして2009年に日産NV200が登場した。2017年からトヨタが発売を予定している車両は、スライド式ドアで側面からスロープで乗車できる構造となっている。

まとめとして、日本は世界に類を見ない超高齢社会となっているため、模範を作ることが求められている。

清水弘子氏「住民参加でつくってきた移動サービス」

(以下、講演概要)

講師:清水さん

移動サービスとは、「介助と運転」がひとつながりとなったサービスであるといえる。必要があれば、利用者の身体状況に応じて乗車介助、トイレ介助、食事介助等も行っている。

移動サービスの歩みとしては、日本財団等により福祉車両が全国的に普及してきたが、2000年に介護保険がスタートしたことにより制度が大きく変わり、2004年の小泉政権下で行われた構造改革で、白ナンバー車両でも有償サービスができるようになった。一方、有償サービスの提供に係るガイドラインの策定により、サービスを提供する団体や利用者などの要件が負担となり、多くの市民活動団体が撤退した。そして、2006年の道路運送法の改正により、@市町村運営有償運送、A過疎地有償運送(2015年4月より公共交通空白地有償運送)、B福祉有償運送の登録制度が創設され、移動サービスはB福祉有償運送に位置づけられたが、全国的な団体数・活動量は増えていない。

もう一つの移動困難として、交通不便地域の高齢者等の買い物難民の問題がある。これらの地域における新たな介護保険制度の仕組みを使った移動サービスの支援メニューは自治体が今後検討することだが、住民主体の活動はすでに始まっている。また、NPOや住民だけではできないことがあるため、タクシー事業者との連携が必要になり、神奈川県では協働して取り組んでいる。今度の介護保険の改正を好機ととらえ、さらに外出しやすい環境を広げていきたい。

陸志強氏「香港における高齢者・障害者の移動について」

(以下、講演概要)

講師:陸さん

中国では、2008年に国連障害者権利条約の効力が発生し、香港でも条約に基づいた取り組みが始まった。香港では、権利条約に係る施策についてはリハビリテーション局長が管轄し、交通部や建築部など様々な部署と調整を行っている。交通バリアフリーに関しては、運輸局が管轄している。香港は、人口約710万人。そのうち、障害者総数は57.8万人。移動に制約のある方が32万人と推計される。

香港リハビリテーション協会はNPOであり、主に障害者に対して交通サービスや旅行サービスを提供している。協会の目標は、バリアフリーな交通環境を実現すること、健常者と障害者が分け隔てなく生活できるインクルーシブな社会を構築することである。

香港の地下鉄(MTR)では、87駅のうち81駅で、エレベーターやリフトの設置があり、100%のバリアフリー化を目指している。一方、バスについては、2017年に99%がノンステップバスになる計画となっている。タクシーについては、日産のNV200やトヨタのノアなど日本の車両がアクセシブル・ハイヤーとして使われており、今後さらに拡大する計画となっている。フェリーについては、有名なスターフェリーがあり、バリアフリー化されている。しかし、アクセシブルなものではないミニバス、路面電車、ピークトラムなど、古い乗り物もある。

香港リハビリテーション協会が提供する特別な交通として、1978年からサービスの提供を開始したリハバスがある。資金は、政府の労働・福祉局が支援している。リハバスは、移動に制約のあるすべての障害者が利用対象者であり、通勤や通学、リハビリ訓練、それから社会活動への参加など様々なニーズに応えることができる。近年では、需要に合わせて車両数も増加し、ISO10542の安全基準に準拠している。なお、ドライバーの要件として、運転免許は当然のことながら、3週間の研修を受け、高齢者や障害者の身体特性などを学び、支援方法を習得している。

次に、高齢者の交通サービスとして開始したイージーアクセス・バスがある。高齢者の主な目的地となっている病院への交通サービスである。利用者は、事前に電話予約を行い、年間16万人にサービスを提供している。

さらに、柔軟な交通サービスとしてアクセシブル・ハイヤーがある。日産のセレナによってサービスの提供を行っている。このサービスは、政府からの助成はなく、独立採算性であるため、持続性が求められる。また、イージーアクセストラベルという旅行サービスがある。これは2003年から開始し、海外からの観光者にとってもバリアフリー化の車両を提供している。2008年の北京パラリンピックの馬術が香港で行われた。その際、香港を訪れた競技者や支援者等にイージーアクセストラベルが活用された。日本においても2020年に東京オリンピック・パラリンピックで海外から多くの方が訪日するので、様々な交通サービスを準備、提供することが必要である。 最後にまとめとして、香港では特別な交通に対しての様々なサービスが重なり合っているが、重なることによって隙間なく利用者のニーズに対応していく体系となっている。また、今後の課題としては、アクセシブル・ハイヤーが100台未満であるため供給不足していること、山岳地域ではノンステップバスが未運行であること、観光用のアクセシブルなバスが不足していること、ウーバーのようなIT技術の活用などがある。

王念租氏「エデン社会福祉財団のアクセシブルな交通サービスについて」

(以下、講演概要)

講師:王さん

エデン社会福祉財団は、1982年に設立し、34年の歴史がある。2016年現在、80のサービス拠点で、年間700件以上の交通、教育、衛生等の事業を運営している。財団の目標は、政府に対する「バリアフリー」環境の提唱、政府と連携を図ることで交通計画の提案や多様なバリアフリー交通サービスを提供することである。 1984年にエデン創設者の劉氏(障害当事者)は政府に対して、障害者の行動する権利は社会福祉ではなく、国の交通政策の一環であるべきと提言し、1000人の障害者とともにデモ活動を行った。それから27年後の2011年に台北駅でバリアフリー化を標準とすべきと提言し、総統府前でデモ活動を行った。その結果、2014年に国連障害者権利条約を承認し、2015年に障害者権益保障法の成立に至った。

バリアフリー交通計画については、1982年に台湾で初めてリハビリ・バスが登場し、1999年に政府が正式にリハビリ・バスを導入した。また、多様な交通ニーズに合わせた交通サービスを開始した。障害者の交通手段については、自身の行動力、時間的な緊急度、費用の考慮など障害者のニーズに応じて選択する。

リハビリ・バスは、車体に提供者等のインフォメーションやライセンスなどを掲示しなければならない。また、車内には意見箱を設置し、問題があればすぐにフィードバックできるようにしている。加えて、リフトを装備しているため、車重が増えるので、車両のタイヤの安全確保が重要となっている。また、乗車する車いす使用者の安全性については、固定ベルト4か所とシートベルトで安全確保を行っている。ドライバーは、制服としてカーキ色のズボン、指先と踵がでない靴を着用することになっており、単親世帯・女性・中高年を優先的に採用している。また、採用条件として、小型バスの運転免許保有者、刑事罰がない、健康状態が良好であることとなっている。一方、福利面の充実、訓練の実施、評価等を通じて、名誉感を抱いて取組んでもらうようにしている。運行システムについては、電話やインターネットで予約を行い、配車システムによってシフトが作成される。車両は、GPSでモニタリングされて、30秒ごとにクラウドシステムに管理情報が配信される。これらの情報をビックデータとして蓄積し、分析することによって、燃費や安全の管理、改善につなげている。

次に、市内を走るバリアフリー・タクシーは、車いす使用者は後部のスロープから乗車できる。車体には車いす使用者が利用可能であることを表示することとなっており、車内では5つのベルトで固定される。

ノンステップバスは、車いす使用者を同時に2人乗車できるスペースがあり、乗降するスロープの勾配は8〜12度となっている。 台湾では、障害者数は110万人(2014年)、65歳以上の高齢者は250万人で年々増加しており、総人口の7%を占めており、高齢化社会となっているため、それに応じた移動のニーズに対応する必要がある。今後の課題としては、社会の中にユニバーサルデザインを普及していくとともに、すべての交通手段をバリアフリー化していくことである。

朴正郁氏「韓国の交通弱者のための交通政策」

(以下、講演概要)

講師:朴さん

韓国では、2014年現在、人口は約5000万人。そのうち65歳以上の高齢者が13%、また高齢者のうち40%が75歳以上となっており、1990年代の日本と似たような状況となっている。また、全国で登録されている障害者は約250万人、全人口の25%となる。したがって、交通弱者のための政策は、非常に重要な国の政策と言える。そのため、韓国では交通弱者のための主要な交通関連法として、2005年に「交通弱者移動便宜増進法」を制定した。この法律では、「交通弱者」を高齢者、障害者、妊婦、乳幼児連れの人、子どもなど、日常生活の中で移動に不便を感じる人と定義している。場合によっては、重い物を持った人や心身的、経済的、地域的な弱者も含まれる場合もある。これらの弱者が、安全で便利に移動できるよう交通手段や施設の改善・拡充について、国と地方に5年単位で基本計画の策定が求められている。

また、交通弱者の制度には、障害物のない生活環境認証制度もある。これは、移動便宜施設の計画、設計、施工管理を評価し、認証する制度である。道路、旅客施設、公園、公共の建物、公共利用施設、共同住宅などが対象となる。認証を受けると、交通影響分析の改善対策審議の際、交通弱者に関する事項についての検討を省力できるなど様々なインセンティブが与えられる。

ソウル市は、人口は約1000万人、全人口の21%が居住している。65歳以上の高齢者は120万人(12%)、登録障害者は約40万人いる。交通弱者は、ソウル市人口の22%程度。高齢者の約14%が、障害者に登録されている。公共交通機関では、特にバス路線がよく整備されており、乗り換え料金制で30分以内であればバスと地下鉄を乗り換えることができる。

また、特別交通手段として障害者コールタクシーを運用している。特定の障害者と認定を受けた者だけに利用が限定されている。現在、ソウル市では360台を運行しているが、需要に比べて供給が不足している状況である。そのため、障害者コールタクシーの増車を計画するとともに、個人タクシーを指定して試験的な運営を行っている。利用者は、普通のタクシーと同じ料金を支払うだけで残りの料金は、ソウル市が支援している。さらに、視覚障害者のための「視覚障害者お手伝い車両」も153台が運行され、福祉施設へのアクセスのための「シャトルバス」も運行している。人口過疎地域や公共交通サービスが不足している地域では、福祉タクシーが運行されている。交通弱者のためのサービスの手段として活用されているもので、自治体は福祉という観点で支援している。タクシーを指定して、バス運賃と同額だけ受け取り、差額は、自治体が支援している。全国的に徐々にその対象地域が拡大しつつある状況である。

今後の課題は、少子高齢化、生産人口の減少による公的資金の減少をどのように対応するかである。つまり、維持管理費も増加する中どこまで、どのくらいの新たな投資をすべきか。限られた財源をどのように効率的に使用すべきか、技術開発で予算を削減する方法はないだろうかという課題である。また、関連法と法定計画の重複を整備するのかも課題。様々な法律、法定計画で交通弱者の問題を扱っているが、時には、政策推進の一貫性に混乱が生じ、行政コストも余分にかかる。したがって、重複を避け一貫性のあるよう法制度を改善する必要がある。

また、政府は低床バスの導入を推進しているが、コストがかかるため、低床バスに対する追加費用に対する運送事業の負担を解決するための政策をより実効性のあるものにできるかが課題である。さらに、特別交通手段の需要が増加する中、供給がこれに追いつかず、不均衡が生じているため、正確な需要に基づいた供給を提供することが望ましい。そのためには、基本的に関連するデータが必要なので、交通弱者の実態を現実的に反映できるデータの構築が必要となっている。

ディスカッションの様子 ディスカッションの様子 ディスカッションの様子
当日の配布資料及び質疑応答