第76回バリアフリー推進勉強会 開催結果概要
旅客船におけるバリアフリー化推進セミナー@福岡
- 開催日時
- 令和7年6月5日(木)15:00〜17:00
- 開催場所
- JR博多シティ 10階大会議室(A+B)
- 参加者数
- 41人
- 趣旨説明者
- 澤田 大輔 氏(公益財団法人 交通エコロジー・モビリティ財団)
- 基調講演者
- 尾上 浩二 氏(DPI日本会議 副議長/NPO法人ちゅうぶ 代表理事)
- 講演者@
- 後藤 秀和 氏(NPO法人自立支援センターおおいた 理事長)
- 講演者A
- 福嶋 浩人 氏(復建調査設計株式会社)
- 共催
- 九州旅客船協会連合会、公益財団法人九州運輸振興センター
講演概要
■趣旨説明
「本セミナーについて」 澤田 大輔 氏
現在、旅客船を含む交通機関のバリアフリー化の整備は、バリアフリー法に基づく「移動等円滑化基準」と、それを補う『バリアフリーガイドライン』で進められている。しかし、この基準は、あくまで「最低限の水準」であり、必ずしも利用者の使い勝手(ユーザビリティ)を保証するものではない。
例えば、鉄道駅に設置されるエレベーターの寸法は、当初、早期の普及を目的の一つとして基準が定められた。そのため、普及が進むにつれて、車椅子使用者以外のスーツケースを持った旅行者やベビーカーでの利用が増え、結果として車椅子使用者がスムーズに使えない場面が目立つようになっている。
バリアフリー化の整備にあたっては、単に基準を満たすだけでなく、実際に使う人=当事者の視点を取り入れた設計・改善が不可欠である。そのためには、計画段階から障害当事者等が参画し、バリアフリー化の質的向上を行うことが重要であり、本日のセミナーではまさにその観点から話題提供を行う。
■基調講演
「施設整備における当事者参加の必要性」 尾上 浩二 氏
中学時代に友人と初めて地下鉄に乗った経験が、私のバリアフリーへの関心の原点であり、障害の有無に関わらず、誰もが自由に移動できる世界の広がりに感銘を受けた。以来、障害者運動に携わり、大阪府の「福祉のまちづくり条例」制定などに関わってきた。本日は、バリアフリーにおいて、単に基準を満たす「量」だけでなく、真の「使いやすさ(ユーザビリティ)=質」を高めることがいかに重要か、そして、その鍵は「当事者参画」にあることを、大阪での実践例を交えて紹介する。
エレベーターの例では、上肢に障害があり、手で操作ボタンを押せない仲間が、エレベーター内に閉じ込められる事故があった。この教訓から、かごの外にある操作ボタンを押せば、かご内でボタンを操作しなくても特定の階には必ず止まって扉が開くという仕組みのエレベーターが開発された。この開発は、わずかなプログラムの改修で実現し、今や大阪の地下鉄では標準となり、「かご内でボタンを押さなくてもいいのが当たり前」という市民の常識を変えるまでになった。
また、点字表示の例では、電車内で何両編成の何号車に乗っているかを知ることは、視覚障害者にとって降車後の移動に極めて重要な情報である。当事者に何度も確認してもらいながら、車両編成と号車番号がわかる点字シールが開発された。このように当事者が確認したものは使いやすく、このシールは全国の鉄道に広がっている。
次は、鉄軌道の車両乗降部の段差・すき間の解消についてである。リニアモーター方式の鶴見緑地線で段差解消が実現し、かつて絶対無理と言われていた旧来方式でも、千日前線で全駅で段差解消が実現した。何故できたかというと、当事者の声を聞き、具体的な目標数値として、「段差20mm以下、すき間30mm以下」と定めたことが大きい。また、視覚障害者の意見で、ホームの端だけを急に高くすると躓いてしまうこともあるため、横断方向には2段階の勾配をつけることとした。
2021年9月に大阪・関西万博の『ユニバーサルデザインガイドライン』が発表されたが、当事者を交えて作成されたものではなく、最低基準を並べただけのものであった。このため、障害当事者が参画している国土交通省の移動円滑化評価会議近畿分科会を中心に3か月で見直しを行った。その結果、例えば、『旧ガイドライン』では、車椅子使用者と同伴者が楽しめるスペースが全くなかったが、車いす席は場内の各所に分散して設置し、誰もが隣り合って楽しめる計画に変わった。これも、当事者が参画して「質」が担保された事例である。
旅客船のバリアフリー化に関しては、2021年11月に移動円滑化評価会議の近畿・九州分科会の協働事業として乗船体験を行った。それに参加した個人的な意見ではあるが、乗船した船は、エレベーターが大きく、通路幅も車椅子使用者がすれ違えるすばらしいものであった。一方で、部屋では車いすで回転するスペースがない、入口にクローゼットがあり入れない、というところもあった。これらの問題は、設計や備品設置の段階で当事者がチェックすれば簡単に防げたはずで、旅客船においては「乗れる」だけでなく、「船内でいかに快適に過ごせるか」が旅の楽しさを左右する。
最後に、施設が完成してから意見を聞くのでは手遅れになりがちなので、設計の初期段階から当事者が参加し、共につくりあげていく「インクルーシブデザイン」こそが、本当に使いやすい社会を実現する鍵であると強調したい。
■講演@
「九州における交通バリアフリー化の実態と当事者参加の現状」 後藤 秀和 氏
私達のNPO法人自立支援センターおおいたは、別府市で主に2つの活動をしている。1つ目は、当事者参画等でバリアフリーに対応するものづくり・まちづくりを進めていく活動、もう一つは、ユニバーサルツーリズムといって、障害がある方もない方も楽しめる旅行の実現に向けた活動である。
バリアフリーの情報発信として「ぱらべっぷ」というホームページを開設している。別府の施設180箇所の調査を行い、バリアフリーの情報を掲載していているが、特徴はパーソナルバリアフリー基準調査という手法を用いている点である。バリアフリー対応状況を徹底して調査し、掲載しているが、障害の特性は様々であるので、利用したい人が自分で使えるかを判断できる情報であることを重視している。
例えば、フェリーの「さんふらわあ くれない」では、バリアフリー客室が整備されているが、 1室しかなく、部屋が広いので、荷物の多い外国人旅行者等の予約で埋まってしまい、障害者が使えない場合もある。一方で、バリアフリー客室と設定していないが、障害の特性によっては泊まれる部屋もたくさんあるので、その判断ができる情報を掲載することが重要である。もう一つ、大分県全域を対象に「大分県バリアフリーマップ」のホームページを作成しているが、こちらの特徴は、写真に車椅子利用の当事者を一緒に写るようにしていて、写真を見れば、自分なら使える施設かどうか、判断しやすいようにしている。
また、ホバークラフトとそのターミナルができる際には、当初から参画させてもらい、要望を整備に反映してもらった。例えば、車椅子スペースは1箇所しかない予定だったのものを複数箇所へ、スロープの通路幅は70cmの予定だったものを幅広くするよう設計変更してもらった。
さらに、「さんふらわあターミナル(別府)」の建造にも参画し、車椅子使用者専用駐車場とパーキングパーミットを分けて整備した。これは、パーキングパーミットやバリアフリートイレなどは、全国的に広がっているが、その多くが設置数を増やさずに利用できる対象者を増やしているので、代替が利かない人が施設を使えない事が発生している点を踏まえてである。他にも「さんふらわあターミナル(別府)」には、多くのバリアフリー化に配慮された施設となっているので、是非、真似をして欲しい。
最後に、障害者と高齢者が全人口の40%(5人に2人)となる。家族や友人が、例えば車椅子使用者になった瞬間、一緒に移動することにバリアを感じ、今まで行けたところに急に行けなくなる。そういう点でも今後の社会には、バリアフリーが当たり前になっている必要があると考えて欲しい。
■講演A
「旅客船におけるバリアフリー化の課題」 福嶋 浩人 氏
『旅客船バリアフリーガイドライン』では、最低の基準を示しているが、これを満たすことを優先し、設計・建造されていることが、障害者の旅客船利用において問題が生じる背景にあると考えている。そこで、旅客フェリーに乗船し、整備実態の調査を行ったので、問題となっている事例と、『ガイドライン』の改定時に留意すべき事項を紹介する。
まず、バリアフリートイレについて。大型船であっても船内に1か所しかなく、違う階にいる場合にはエレベーターを使わないと行けない。トイレ内では移動の動線上におむつ台やハンドドライヤーが設置されていて、車椅子使用者の通行の妨げになる可能性もあった。さらに、扉の鍵のつまみでは、サムターンが小さく、つまむ動作が難しい人には使いづらかった。『ガイドライン』では、法的な拘束力のない「推奨の仕様」として紹介されているものも多く、その都度、個別の判断・解釈が求められる。
次に、車椅子スペースについて。旅客フェリーは、長時間の乗船であるにも拘らず、路線バスと同じようなスペースの確保に留まっている。『ガイドライン』には、そもそも設置意義の記載がなく、船内の多くの場所でスペースの設置は必要であるが、その記載はない。
バリアフリー客室では、車椅子使用者が届かない場所にハンガーや電源ボタン、開閉式換気口があるといったことや、室内のテーブルが固定されていて車椅子の転回の妨げになるといった事例があった。『ガイドライン』には、細かな設備に関する記載は少ないため、設計時に配慮されにくいと考えられる。
さらに、『ガイドライン』で記載されていない施設、例えば、授乳室では車椅子使用者の利用が想定されておらず、利用しづらい設備の配置・構造になっている、同様に喫煙室や一般客室などの入口は狭く、重い扉と段差があるなどバリアフリーに対する配慮が大幅に欠けている。少しの工夫で利用ができるようになる人は増えるはずである。
調査のまとめとして、1点目は、『ガイドライン』での記載状況と現場課題の対比でみると、『ガイドライン』に記載がある場合は何某かの配慮がされているが、記載のない施設・設備についても『ガイドライン』で取り上げることが重要である。2点目は、設計時に配慮されるとよいが、設計者が気づかないことも多くあるため、設計段階から障害当事者と意見交換を行うことが重要である。3点目は、扉は法令に従い防火扉を採用しているが、船内においてバリアフリー化に係る問題が扉の周辺で多く発生している。防火規格を維持したまま、バリアフリー化した入口扉の技術開発等も必要である。
最後に、参考ではあるが、ホテルなどを対象とした『建築設計標準』が国土交通省で作成されており、バリアフリーでの配慮事項がまとまっているため、このような資料を参考として欲しい。
■質疑応答・助成制度の紹介
(参加者)
福岡市内のホテルのバリアフリー化の状況を調査し、発信している。ホテルの方と話をしていると、当事者参画は全然進んでいないと実感する。行政や企業が、当事者参画に取組むため、当事者として、どのような活動をしていけばいいか。
(尾上氏)
現在、バリアフリー法に基づく基本方針を見直しているが、次の5ヶ年の目標に当事者参画の推進が入る予定である。そのため、当事者参画のガイドラインを国交省で作成しているので、試行錯誤しながらであると思うが、今後、当事者参画は進むと考えている。また、「相談はどこにすればいいか」とよく聞かれるが、各運輸局に移動等円滑化評価会議の分科会があり、障害当事者も参加している。会議の委員だけに聞くというより、委員から色々な人を紹介してもらえればよい。
(後藤氏)
行政も、一方的な要望を受けるだけでなく、共に取り組めるパートナーとなる組織を求めている。したがって、個人として活動するよりも、できればNPOなど法人格を持つ組織を立ち上げることを勧める。ただ、私たちが立ち上げた「大分県バリアフリー住宅推進委員会」は法人格を持っていない。しかし、登録者が100人を超えており、日常的に「どのようなことに困っているか」といった情報が集まってくる。そのため、行政に対しても「個人の意見」ではなく、「多くの人が実際に困っている」という実感を伝えることができている。
(交通エコロジー・モビリティ財団 橋 徹 氏)
2025年度の海上交通バリアフリー施設整備助成の募集を6月1日から開始したので、是非、活用し、旅客船等のバリアフリー化に取り組んでいただきたい。
(公益財団法人九州運輸振興センター 中原 禎弘 氏)
公益財団法人九州運輸振興センターでは、日本財団の助成を活用し、「旅客航路事業者における障害のあるお客様への合理的配慮に関する事例集」(https://kyushu-transport.or.jp/research/の令和6年度に掲載)を作成した。障害者への理解を深め、障害者差別を解消する取り組みが、誰にでも優しく使いやすい施設やサービス等を提供することに繋がるので、是非、本事例集を現場で活用いただきたい。
- 配布資料
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- 基調講演(DPI日本会議/NPO法人ちゅうぶ 尾上氏)【PDF/2,899KB】 ※配布資料の無断転載・転用等を禁止します
- 講演@(NPO法人自立支援センターおおいた 後藤氏)【PDF/1,959KB】 ※配布資料の無断転載・転用等を禁止します
- 講演A(復建調査設計株式会社 福嶋氏)【PDF/2,274KB】 ※配布資料の無断転載・転用等を禁止します
- 説明等(公益財団法人九州運輸振興センター 中原氏)【PDF/685KB】 ※配布資料の無断転載・転用等を禁止します