(背景・目的)
現在、日本には多くの素晴らしい自然が残されている場所や歴史・文化を感じることができる場所が存在し、それを目的に外国からも多くの観光客が訪れている。
一方で、車椅子ユーザーにとって素晴らしい観光名所こそ行きにくい場所となっており、まだまだ健常者と同じように行くことができない現状にある。
車椅子ユーザーにとってのハード面での課題はトイレや階段、段差、観光施設への入口幅、急な坂など様々あり、すべてを完璧に解決することは困難と言える。
その中で、今回、「少し工夫すれば行ける場所」のみに注目し、「小さなバリア」を様々なツールを使うことにより、「行くことができない」と思っていたハードルをクリアし、車椅子ユーザーが行くことができる場所の幅が増えるのではないかと考えた。
神奈川県鎌倉市をサンプル地とし、バスなどの公共交通機関と高機能な電動車いすを導入することによっての効果を検証した。
(実証に使う電動車いす)
・前輪が大きなホイール型のもの
・段差は5cmまで超えることができる
・傾斜は10度まで登ることができる
・砂利道でも走行が可能
(検証手順)
(1)4月にフォーラムを実施。電動の車椅子を鎌倉市の中で導入するにあたり、使い方や障害当事者との意見交換を実施。当日は45名参加。
第一部では当法人から、電動車椅子活用に関するプレゼンを実施。
第二部では、メーカーの方から機能の説明や他地域・他国での活用例などの話と、鎌倉の特徴と併せて活用方法の提案などを頂く。
二部の後半はパネルディスカッションで、会場を交えて、議論を実施。
座位が取れる方限定の車椅子を導入する形のため、会場からは「リクライニングの車椅子を使う人はどうなのか」といった質問が出た。最後は、車椅子の試乗も実施。
(2)SNSや会員、知り合いなどに声をかける。
モニターをやってくれる人を募り、実際に電動車いすに乗れるかなどのヒアリングを行った。
(3)モニターツアーを実施
今回、「少しの坂」や「砂利道」などの普通の車椅子では少し「困難」「不便」と思うルートを電動車いすに乗り換えることで、「行くことができない」と思っていた場所に行くことができたかを検証。
時間や天候などの関係で、通ることができなかった場所などもあったが、下記ルートを実際にまわった。
雪ノ下事務所⇒鎌倉宮⇒鶴岡八幡宮⇒若宮大路⇒小町通⇒江ノ電⇒長谷駅⇒大仏
(4)アンケートに回答
モニターツアー終了後、各ポイントにおいて、そこを通過時の不安度(1〜6)と自分の車椅子だった場合に通るか、避けるかのアンケート調査を実施した。
(モニターツアー)
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事務所にて概要説明後、30分程度練習。その後、スタッフとともに指定のコースをまわる。
雪ノ下事務所〜鎌倉宮
・歩道が狭い上に電信柱やバス停もある
・時間帯によっては観光客や修学旅行生で混雑する
・歩道全体の左への傾斜がある
・道もガタガタのアスファルト
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鎌倉宮
スロープもあり、車椅子でもまわれるように配慮されている
・玉砂利や土の道が多い
鎌倉宮から鶴岡八幡宮
・細い道裏道であるが、車がたまに通る裏道
鶴岡八幡宮
・砂利道が多い
・急なスロープが各所にある
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若宮大路
・信号が短い
・道は真っすぐであるが、最後にはスロープがなく、途中で降りなければならない
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小町通
・人が多い
江ノ電のホーム、乗降口
・人が多い
・慣れていない車椅子での乗降
・スロープが狭い
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長谷駅〜大仏
・駅は観光客が多い
・裏ルートを案内するが、道はガタガタ
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(アンケート調査結果)
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実際に電動車いすに乗り換え、コースをまわってみた時の不安度を聞いたところ、下記のような結果となった。
不安順(上位3つ)
@事務所から鎌倉宮までの道(2.28)
A江ノ電の乗降口(3.0)
B小町通(4.0)
一番不安度が強かったポイントは事務所から鎌倉宮にいくまでの細く傾斜がある歩道であった。
細い道に車が多く通っていくことや、傾斜があるため安定した操作がしにくかったと考えられる。
実際にこのポイントに対して、モニターを体験した方からは、「歩道の傾斜があり、コントロールがうまくいかなくて怖かった」「車が怖かった」「ななめに傾斜になっている道を走る際コントロールが効かなくて怖かった」などのコメントがあった
次に不安が強かったポイントは江ノ電の乗降口であった。自分の車椅子ではないため不慣れな中、人が多い車内へ最後に乗車案内されること、また、江ノ電が扱っているスロープの形状も脱輪を危惧させる不安要素の1つであることが考えられる。
次にポイントごとに「自分の車椅子では避けるか」という質問をしたところ、下記のような結果となった。
「避ける」と答えた人が多い順(上位3つ)
@鶴岡八幡宮の砂利道(8名)
A鶴岡八幡宮の入口のスロープ(4名)
B小町通(4名)
砂利道に関しては、自分の車椅子では走行が困難であるが、高機能の電動車いすでは困らずにいくことができたという回答が多く返ってきた。
また、普段でも「困らずに行くことができるだろう」と思っていた、鶴岡八幡宮の正面入り口のスロープは「自分の車椅子では怖くて降りられない」「自分の車椅子だったら、手動に切り替えて誰かに助けを求める」「自分の車椅子だったら後ろから降りて誰かにサポートしてももらう」という回答が目立った。
- (研究成果)
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今回の活動研究では、高機能の電動車いすを導入することにより、行くことができる場所が拡がるのではないかと考えていた。しかし、行くことが可能になると想定して作ったコースは、まわってみたが、車椅子についている警告が鳴り続けて危険であると判断し、そのコースは急遽除外した。
このモニターツアーを実施してわかったことは、大きな枠の中で「バリアフリーである」と認識されている観光施設や寺社仏閣でも、細かく切り分けて見ていった時に小さなバリアがあり、人によってはその小さなハード面のバリアによって“1人では行けない”という認識になっている場所であったことがわかった。一般的前輪が小さな車椅子と前輪が大きなホイール型の車椅子を比較した場合、前輪が小さな車椅子では越えられない段差が越えられることがわかった。また、物理的には行くことができる場所であっても「怖い」「ダメかもしれない」という小さな不安が積み重なり、「行くことができない場所」に変わっていた可能性が考えられる。
今回の高機能の電動車いすでのモニターツアーはその小さなバリアを取っ払うきっかけになるということもわかった。
一方で、実際に運用してわかったことは「使う人が限られる」ということである。車椅子であるため、本来はその人の体に合わせられたら一番良いが、それが出来にくく、座位の安定した人しか使うことができない。
また、江ノ電の乗降口での「不安度」が当初考えていたものよりも高かったことから、案内の仕方やスロープの形状についての要望などを江ノ電に相談し進めていけるようにしたいと考える。
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