バリアフリー推進事業

2019年度 一般部門 成果報告

研究助成名

マーケティング手法を用いたエスカレーターの安全利用啓発の調査・研究

研究者名

文京学院大学 経営学部 新田 都志子

キーワード

エスカレーター、消費者の行動と心理、ヴィジュアルデザイン、東京五輪2020、駅、障がい者、外国人、子ども

研究内容

(研究目的)
 エスカレーターの乗り方の長年の習慣を変え、誰もが安心して乗れるエスカレーターにするために日本語のわからない外国人でも自然な形で利用者を誘導させるための仕組みを考察する。

(研究手順)

 アンケート調査、ヒアリング調査、実証実験、実験の検証・分析、事例調査

(研究成果)

  1. 1.    問題の所在
    人が長年にわたり習慣化し、既に常識だと思われている行動を変容させることは非常に困難である。人間行動の変化を誘導するメカニズムは、心理学や社会心理学、消費者行動研究において長く研究されてきた。
    例えば心理学では条件付けやプライミング効果、社会心理学では説得による人の態度の変容(チャルディーニ、2007)などの研究が挙げられる。
    近年はそれらに加え、行動経済学の分野で強制することなく自発的に人々の行動を変容させるアプローチである「ナッジ(Nudge)」の概念や「ちょっとした仕掛けがちょっとしたした意識や行動の変化を生み、それが大きな社会的インパクトを及ぼすこと」に注目し、仕掛けとその効果を体系的に研究することを提唱した仕掛学(松村、2010)など無理やり行動を変えさせるのではなく、つい行動を変えたくなるように仕向けるアプローチが注目されている。
    本研究は、長年片側を空け、歩行するのが常識とされてきたエスカレーターの問題を解決するために「思わず立ち止まる」ように利用者の行動を変容させることを研究目的に、ヴィジュアルデザインを用いたアプローチを行い、その効果を検証、分析するものである。

  2. 2.従来の啓発策とその課題
    エスカレーターの正しい乗り方の啓発はJRなどの交通機関を中心とした業界団体が2009年から正しい乗り方を呼びかけるポスターを作成し駅構内などに掲示していた。しかし、我々が行ったアンケート調査では66%の人が覚えておらず、都内73駅で調査をしたところ貼り出す枚数が少ないなど効果は見られなかった。既に10年近く実施してきた啓発策も消費者にはほぼ届いておらず情報の伝達や内容に問題があることが明らかになった。
    実際にエスカレーター利用において片側空けは常識だと思っている人は実に我々のWeb調査では73.6%(610人)、に上り、間違った常識が根づいてしまっている。さらに、現在使われている「○○しないで下さい」のような禁止表現は、反発心を喚起させ、長期的に見ても抑止効果が弱いため有効的ではない。
    以上のことから、これまでの啓発策は必ずしも効果的ではないことがわかった。

    3.ヴィジュアル・デザインによる新た解決策の提案と実験
    2017年、2018年の2年間にわたり目黒の商業施設「アトレ1」で手すりとステップ、ライザーにデザインを施し思わず掴まりたくなる、思わず立ち止るということをコンセプトにしたヴィジュアル・デザインによる啓発策を行ってきた。
    事前と事後で検証を行ったところ、手すり利用率は1.07倍となり、歩行は0.8%減少した。また、アンケート調査からは、「手すりにつかまる事を子供に教えるきっかけになる。」「清潔感があり、“ぎゅっ”って書いてあったから思わず手すりにつかまってしまった。」など利用者の声を聞くことができた。さらに、このデザインを見て78%の人が手すりに掴まりたいと回答していたことから、手すりにフィルムを貼りオノマトペを用いたヴィジュアルデザインを施すことは有効であったと言える。しかし、歩行抑制、両側乗車の促進という課題が残された。アトレは商業施設であり、実際そもそも歩行率は低い。最も歩行の問題が大きい駅と同様の実験場所での効果測定が必要である。

    4.六本木ヒルズメトロハットでの実験、検証
    この社会実験も3年目に入ったが、外部環境が大きく変化してきた。今年度は全国52の鉄道会社がこれまでの「手すりにつかまろう」キャンペーンから「エスカレーター乗り方改革」を掲げ「歩かずに立ち止まって」を初めて明確に呼びかけるキャンペーンが行われるようになった。本研究も森ビル(株)と共同で次の実験場所に日比谷駅直結の六本木ヒルズのメトロハットを選び、エスカレーター3基のステップに足型のデザインを施した。ヴィジュアルデザインを用いたアプローチでメトロハット3基でのその効果を検証、分析した。調査はビデオカメラによるエスカレーターの利用実態と聞き取り式アンケート法による利用者の意識調査の2つを行った
    六本木ヒルズは先に実験した「アトレ目黒」と異なり、エスカレーターが長く、朝夕は森タワーで働くワーカー(しかも外国人が多い)が多いことから駅構内と同じような状況が得られ効果の有無の検証が期待できる。施工前と後で撮ったビデオ観察からは事前は全くなかった右側に立ち止る人の光景が多く見られた。8月8日〜10日までは六本木ヒルズで働く人や来訪者に対してパネル調査およびアンケート調査を実施した。
    施工前35,936人、施工後41,872人を調査。パネル調査は478人、アンケートは
    295人から回答を得ることができた。

    ワーカーの多い平日の朝夕の歩行率に最も大きな変化が見られた。平日朝は歩行率26.2%から10.5%と59.9%減少、夕方も25.6%から12.2%と52.2%減少した。目視での以前朝は日比谷線六本木駅からメトロハットに続く通路が大渋滞でエスカレーターの前でも左に渋滞ができていたが右側に立ち止まることで渋滞が緩和されていた。ビデオからは右に立ち止る人がいても後ろからの圧迫はさほど見られず、最初の勇気を持って立ち止まるファーストペンギンの存在が非常に大きいことがわかる。パネル調査とアンケートからは2列乗車に約6割の人が賛成であった。
    全体的には一昨年、昨年の調査に比べ右に立ち止る意味や重要性を認識している人が多く見られた。メディアなどを中心とした地道な啓発活動の効果が見られる。今後も引き続きオリンピック、パラリンピックといった契機を逃さず継続して活動を行うことが重要である。
    今後はこれらの実証実験を基に、更なる効果検証ならびにアンケートの分析を行い、検討を重ねなければならない。

    参考文献
    トム・ケリー&ディヴィッド・ケリー(2014)『クリエイティブ・マインドセット』日経BPマーケティング。
    清水寛之編著(2003)『視覚シンボルの心理学』ブレーン出版。
    セイラー・サンスティーン、遠藤真美(訳)(2009)『実践行動経済学』、日経BPマーケティング。
    松村真宏(2016)『仕掛学』、東洋経済新報社。
    本研究のデザインを紹介する六本木ヒルズメトロハットエスカレーター前のパネル

 

目黒の商業施設「アトレ1」で手すりとステップ、ライザーにデザイン

図1 目黒の商業施設「アトレ1」で手すりとステップ、ライザーにデザイン

六本木ヒルズメトロハットでの実験、検証

図2 六本木ヒルズメトロハットでの実験、検証

歩行率の変化

図3 歩行率の変化

六本木ヒルズメトロハットエスカレーター前のパネル

図4 六本木ヒルズメトロハットエスカレーター前のパネル

(参考資料)
本研究の成果をNHKを始め多くのメディアが取り上げてくれ、その結果により都営地下鉄大江戸線の中野坂上駅、飯田橋駅、新宿駅でデザインが採用された。また、NHKが渋谷ヒカリエで行った東京五輪・パラリンピックの1年前イベントでも大きく取り上げられた。

都営地下鉄大江戸線、渋谷ヒカリエでの事例

図5 都営地下鉄大江戸線、渋谷ヒカリエでの事例

 

 

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