バリアフリー推進事業

2024年度 研究活動部門 成果報告

研究助成名

精神障害・発達障害のある人の鉄道交通利用に伴う意識調査

研究者名

精神障害当事者会ポルケ 山田悠平

キーワード

精神障害、発達障害、合理的配慮、交通費割引、ヘルプマーク

研究内容

(研究・活動成果)

一見わかりにくいとされる精神障害・発達障害については、社会の理解や公共交通機関での合理的配慮の提供が未だ十分とは言えません。過去の交通バリアフリー施策や調査研究は、主に身体障害のある人や高齢者の物理的なバリア解消に焦点が当てられてきました。一方で、精神障害のある人が公共交通利用で直面する困難については取り残されがちであり、合理的配慮の具体策も模索段階です。国土交通省による「障害当事者及び交通事業者に対するアンケート」集計結果(2021年2月)においても、知的障害のある人は「付き添い者がいれば利用する」割合が高いのに対し、精神障害のある人では「利用しない」の回答が多いという結果が報告されています。これは、ガイドヘルパーなどの福祉サービスの利用の広がりが限定的であることや、精神障害のある人の中には周囲に助けを求めづらく自力で何とか利用している人や、そもそも何らかの事情で鉄道利用自体を断念してしまう人が少なくないことを示唆しています。
こうした状況を踏まえ、当事者が自らの経験に基づいて調査設計をすることで、従来の行政や事業者主導の調査では拾い上げにくかった生の声やニーズを明らかにするとともに、今後の交通事業者の精神障害者向けの研修やサービス提供のあり方についての提言を目指して実施しました。

本調査は、精神障害者当事者団体である一般社団法人精神障害当事者会ポルケが実施主体となり、発達障害当事者団体である特定非営利活動法人凸凹ライフデザインと協力をし、関係者のインタビュー調査を通じて質問票の策定を行い、精神障害のある人および発達障害のある人を対象にした鉄道利用に関する量的な調査を行ったものです。鉄道利用の実態や満足度、長距離利用の課題感や合理的配慮についての経験やヘルプマークについての所感などを内容としました。
調査票の策定については、公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団バリアフリー推進グループ事務局や助成審査の選考委員からのアドバイスや、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所地域精神保健・法制度研究部研究員の川口敬之氏に専門的知見からの助言を得ました。また、調査結果の分析については、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所地域精神保健・法制度研究部科研費研究員の五十嵐百花氏より協力を得ました。なお、本調査については一般社団法人精神障害当事者会ポルケが設置する研究倫理審査委員会での審査を経て実施承認のもと行いました。(倫理承認番号 P2024-07)
本調査は2024年12月から2025年1月にかけてGoogleフォームを用いたオンラインにて行い、当初目標の100人を大きく上回る全国42都道府県から357人の有効回答を得ました。取り組みの結果については、添付の通り『精神障害・発達障害のある人の鉄道利用に伴う意識調査報告書』を冊子として発行することができました。本研究結果は、精神障害のある人および発達障害のある人の鉄道利用に伴う困難や今後の利用に際しての期待を提示する基礎資料として活用可能なものです。

本調査から示された精神障害のある人および発達障害のある人の鉄道利用についての課題感を踏まえて、今後に向けて、当事者が望む合理的配慮や環境整備の方向性としては、「人的な配慮」(対応の質の向上)と「環境的な配慮」(情報・空間の整備)の双方が特に重要であることが明らかになりました。これらを踏まえて、鉄道事業者や交通施策を所轄する行政機関等に下記の通りの提言内容を作成することができました。今後、当会の障害者団体の提言活動として活用してまいります。

(1)    障害当事者団体と協働する鉄道職員の障害理解研修の充実
本調査からは「鉄道職員の接遇の良さ」を重要だとする当事者の声が多く集まりました。自由記述からも、障害者団体との意見交換の機会を設けている会社もあるようですが、まだまだ少なく実際に当事者の意見がどのように生かされているのかわかりにくいと感じています」とあるように、精神障害や発達障害の当事者の声が現場の接遇や障害理解に浸透されていない状況を多くの当事者は感じています。
そのため、駅員・車掌など現場スタッフ向けに、精神障害・発達障害に関する理解や適切な接遇方法を学ぶ研修プログラムを強化することが必要であると考えます。特に、何かしらの理由で障害があることで鉄道利用について困った経験がある人の割合が49.0%と回答者の半数に及ぶのに対して、実際に合理的配慮を申し出ることができた人は11.2%とかなり限定的な割合が示されたことは、大変重い深刻な問題として憂慮しなくてはなりません。これについては、精神障害や発達障害についての見た目ではわかりにくいとされる障害と偏見や差別の問題といったスティグマの問題などが絡み合った課題があることが背景に挙げられます。
一方で、国土交通省の「知的・発達・精神障害者を対象とした利用体験会の実施」の有無については、回答のあった鉄道事業者29のうちわずか1事業者という結果が示されています。また、障害理解の研修については身体障害の内容については9割以上の実施があるのに対して、「知的・発達・精神障害者を対象とした社内研修の実施有無」については約6割にとどまるといった結果が示されています。(「知的・発達・精神障害の人に対する公共交通機関の利用支援に関する検討業務報告書」令和3年2月)
今後、精神障害や発達障害のある鉄道利用者がどのようなことに困難を感じているかについて、事例を通じて理解を深めたり、その際の声掛けの方法などについて、障害当事者団体とともに学ぶ研修方法の検討や実施の充実が期待されます。研修受講により、ちょっとした声かけや気配りの工夫で当事者の不安を大きく軽減することは可能だと私たちは考えています。障害者権利条約のスローガンである「私たち抜きに私たちのことを決めないで」に適うように、専門職や学識経験者、家族の立場の人の意見だけではなく、あり方の検討から当事者団体と推進することは極めて重要です。

(2) 課題として重く上がった混雑に対処する環境整備を推進すること
本調査からは、鉄道利用に際して特に重要だと思う項目について「鉄道車内が混雑していないこと」が最も多くの回答数を集める結果となりました。精神障害や発達障害のある当事者が鉄道を利用する際に特に困難を感じる状況として、人混みが挙げられます。ラッシュ時の満員電車や混み合った駅構内で、人混みに圧倒されパニックや強い不安感に陥るケースもこれまでも相談として、寄せられることがありました。息苦しさや動悸を訴える人もいました。ラッシュ時の満員電車や混み合った駅構内をなるべく避ける、各駅停車で休みながら移動するという当事者側の工夫もしているところですが、そもそも精神障害や発達障害のある人には、鉄道利用に相当な困難があることに留意し、ベンチの数を増やすなどの休憩スペースの確保などを図ることが必要です。特に、比較的大きなターミナル駅や始発駅の一角に、簡易な個室または仕切られたベンチスペースを設け、照明や音を抑えたクールダウン用のスペースとして「カームダウン室」など静かな空間が提供されることはとても重要です。空港での実績によれば、そうした空間は自閉症スペクトラムといった発達障害のある人だけではなく、精神障害のある人などにも幅広く活用されており、高い評価を得ています。今後、鉄道でもまずモデル的に導入し、利用状況をみながら拡大することが考えられます。大規模な改装を伴わずとも、待合室の一部を静音仕様にするなど工夫次第で早期に実現可能な取り組みであると考えられます。

(3)    ユニバーサルデザインを意識して整備の推進の加速を行うこと
本調査から、発達障害の特性のひとつにある音や光などといった感覚過敏による困難が、精神障害のある人にも一定数同様にあることが明らかになりました。たとえば、「過度な音量による駅の構内アナウンス」や「蛍光灯のまぶしさや広告表示の光刺激」など、音や光の刺激が過剰だと感じる場面についての事例が寄せられました。これについては、スピーカーの場所をマークやイラストで示すなどとった工夫や映像の広告表示については一定の規制をかけることなどの検討が必要と考えられます。
また、精神障害や発達障害のある人には、不安をおぼえやすいといった特徴があることから、ダイヤの乱れや急な変更への不安や駅構内の移動や乗り換えの難しさで、疲弊を訴える事例も寄せられています。実際、大規模ターミナル駅などでは経路が複雑で、人の流れも速いためについていけず迷子のような状態になるケースがあります。方向感覚に自信がない人や初めて訪れる駅では、「案内表示を読み取る余裕がなくなりパニックになった」「乗り換え通路を間違えてしまい焦燥感で一杯になった」といった声も寄せられてきました。わかりやすさについても多角的な角度から検証し、改善をすることが期待されます。
新造車両や駅改修の計画においては、照明の調光機能や遮音性能の高い内装材の採用など、感覚過敏に配慮した設計を取り入れていくことも有効です。いずれにしても、こうした対処は乗客全体にも快適性向上につながるため、発達障害や精神障害のある人のための環境整備という視点だけではなく、ユニバーサルデザインを意識したハード面の改善を図るという視点をもつことも重要なことです。当事者とともに整備を進めることの有用性をともに育むことを期待いたします。

(4)    精神障害や発達障害のある人の社会包摂から共生社会を築くこと
2025年度より始まるJR各社等での精神障害者保健福祉手帳のある人の交通費割引は待望の導入であり、これを歓迎します。本調査からは、鉄道利用に際して経済的な負担から利用を控えてきた実態が見えてきました。障害の症状の問題だけではなく、障害があることでの所得の問題などから、精神障害や発達障害のある人にとって、鉄道利用に負担があることは大きな社会課題です。実際、鉄道利用については通院や通所といった障害があることでのケアなどのための移動手段として用いられることも一定高い割合であることが示されました。公共交通機関として、鉄道利用にアクセスできることは、私たち当事者にとっては極めて重要なことです。
近年、ヘルプマークなどのサインによって、見た目ではわかりにくい障害のある人の包摂が推進されてきたところですが、認知が進んでいないことやヘルプマークがまるで優先席利用の免罪符のような本来の趣旨とは異なる理解のされ方が進んでいることは見過ごせない問題です。精神障害や発達障害についての社会の無理解は鉄道利用のみによって起きる現象ではなく、社会全体に蔓延ってしまっている大きな社会課題です。
国による障害施策推進の柱として、共生社会をキーワードにした社会包摂の推進が挙げられます。障害の有無によらない尊厳ある生き方を私たち当事者も希望しています。そのためには、私たち当事者が社会に参加をして、障害のある人が生活や暮らしの場にありのままにいるあり方をデザインしていくことが重要です。その意味においても、今回の精神障害者保健福祉手帳を持つ人への交通費割引の導入は大いに意義があることです。これを良い流れとして、精神障害や発達障害のある人の社会包摂を推進し、共生社会づくりに寄与できるように私たちも協力させていただきたいと考えています。つきましては、鉄道事業者や行政機関の関係者の皆様におかれましても、当事者の声を真摯に受け止め、小さな取り組みからでも着実に実行していただき、精神障害や発達障害のある人にとっても、そして利用者全体にとっても、安全・安心で快適な移動環境の実現にご尽力いただくことを切に期待いたします。