視覚障害者の踏切利用の安全性向上のための研究
日本歩行訓練士会・特定非営利活動法人 六星 古橋 友則
視覚障害者・踏切横断・安全性向上
1.目的 現在の国交省「道路の移動等円滑化に関するガイドライン」における踏切道での視覚障害者の誘導についてでは、@踏切手前部に視覚障害者誘導用ブロックを設置(積極的な整備を求める内容)、A視覚障害者が踏切の外にいると誤認することを回避するため、踏切内に表面に凹凸のある誘導標示等を設置(さらに高い水準として望ましい整備内容)と規定されている。また、その事例として、(上記Aに該当するものとして)エスコートゾーンが設置されている奈良県大和郡山市の例があげられている。 エスコートゾーンについては、交差点で直線歩行を維持するうえでの有効性については示されているが、交差点とは形状や材質も異なる踏切内の誘導として、また踏切の内外にいることの判断材料としての有効性については十分検証されたわけではない。 今回の検証では、上記Aの部分に該当するものとして、JIS T9251(視覚障害者誘導用ブロック等の突起の形状・寸法及びその配列に関する規定)に規定されている突起形状を有する誘導標示を仮設した踏切道を実際に視覚障害者に歩いてもらい、白杖や足の裏の感覚などにより、踏切内に侵入したことや踏切道から出たことが判断できるかを検証することを目的とする。 2.方法 2.1.実験場所 矢作建設株式会社 鉄道技術研修センター(名古屋市南区加福町3−14) 2.2.実験日時 2023年8月10日(木)13時〜16時30分 2.3.敷設物及び敷設方法 今回使用した踏切道内の誘導標示は、視覚障がい歩行者に踏切道内であることおよび歩行方向を示すことが可能か検証するため、既存の線状ブロックの線状突起と同形状を1本使用し、歩行方向に直線的に連結した。突起の形状を図1に、実験のレイアウトを図2に示す。 2.4.被験者 視覚情報は使えない・ほぼ使えない程度の視力・視野であること、日常的に単独で外出していることを条件とし、地元施設の利用者・関係者に声掛けを行い、18名の被験者に参加してもらった。 年代:10代2名、30代2名、40代3名、50代6名、60代3名、70代2名 男女比:男性8名、女性10名 居住地:名古屋市10名、愛知県7名、愛知県以外1名 視力状況:光覚弁以下名13名、手動弁〜指数弁5名 単独での外出頻度:週4〜5日以上10名、週1〜3日程度4名、月3日未満4名 使用している杖:アドバンテージ10名、セガワケーン5名、ジオムケーン1名、その他2名 使用している石突き:ノーマルチップ11名、パームチップ4名、ティアドロップ2名、マシュマロチップ1名 視覚以外の情報収集:主に杖から1名、主に足裏から1名、杖と足裏両方16名 踏切の利用頻度:週4〜5日以上0名、週1〜3日程度2名、月3回未満1名、年数回程度1名、利用していない14名 歩行訓練を受けた経験あり:16名(88.9%) 踏切の歩行訓練を受けた経験あり:2名(12.5%) 2.4.手続き 実験は1名ずつ行なった。 実際に歩いてもらう前に、事前に作成した説明文をもとに、今回の検証場所における視覚障害者誘導用設備の敷設状況や道路状況などを説明するとともに、課題を指示した。 課題は、踏切の出入口の検出および踏切道内を誘導標示にそって直進することであり、出入口を発見したと思った際に手をあげてもらうこととした。また、踏切手前の誘導ブロックからスタートし、踏切を横断した後も歩行を継続し、誘導ブロックがなくなるところまで進むよう指示した。 実験中は歩行訓練士が被験者に付き添い、転倒防止など安全管理を行なった。なお、踏切の出入口を発見できなかった場合も声掛けはせず、本人が気づくまで見守った。 2往復終わったところで、踏切手前の警告ブロック、踏切道を歩くうえでの誘導標示、踏切出口の警告ブロック、それぞれの発見しやすさについて、とてもわかりやすかった、ややわかりやすかった、あまりわかりやすくなかった、わかりにくかったの4段階で評価をしてもらった。 また、歩行時の様子をビデオカメラで撮影し、行動を分析した。被験者が歩行した軌跡をビデオ画像から5秒おきにプロットし、歩行軌跡とした。また、入口の警告ブロックから足を踏み出し、出口の警告ブロックへ到着するまでの時間を算出し、歩行所要時間とした。 3.結果 3.1.踏切道出入口の検出状況 踏切道出入口の検出率は図3のとおりであった。1回目の往路と復路で入口が検出できたのは32試行(88.9%)、出口が検出できたのは26試行(72.2%)であった。2回目に入口が検出できたのは35試行(97.2%)、出口が検出できたのは32試行(88.9%)で、出入口とも2回目の検出率が高かった。 3.2.踏切道内の歩行状況 踏切道内を移動中に誘導標示が示す方向とは異なる向きへ進み、逸脱したケースが1往復目では4件(11.1%)、2往復目では6件(16.7%)あった。それらの中には、被験者の発言から誘導標示を認識できていない1試行も含まれた。被験者の歩行軌跡を試行毎にプロットしたものを図4に示す。図中の矢印が示す軌跡が誘導標示から逸脱した試行である。図の上から下へ進んだ試行が往路、下から上へ進んだ試行が復路であり、進行方向による顕著な違いはみられなかった。誘導標示から逸脱した試行には2つの行動パターンがあり、一つは入口の警告ブロック上で歩行方向を正確に定位できず、誘導標示を検出しないまま歩き出したことによる逸脱、もう一つは線路に白杖をとられ、誘導標示を見失い逸脱するパターンであった。 出入り口の警告ブロックを起点として歩行に要した時間を算出した。1回目の往路は25.3±11.0秒、復路は27.2±15.2秒、2回目の往路は25.4±14.9秒、復路は22.7±8.3秒であり、全体の平均歩行速度は0.38±0.15m/秒であった。逸脱した試行を除く平均歩行速度は0.44±0.15 m/秒であった。 3.3.実験後のアンケート結果 実験後のアンケート結果は、図5〜図8のとおりであった。 「とてもわかりやすかった」「ややわかりやすかった」と回答したのは、踏切入口が83.4%、踏切出口が72.2%となっていた。 また、1本線の誘導標示については、「とてもわかりやすかった」「ややわかりやすかった」と回答したのは、発見のしやすさでは55.6%、直進性を保つ上では66.7%となっていた。 また、自由回答については以下のような意見が出ていた。 全体については、「一往復目は構造がはっきりするまで戸惑った。2回目は歩きやすくなった。」「全体的にすごく歩きやすかった。」「初めてでもわかりやすかった。」 入口・出口については、「入口、出口は、空間があり、点状ブロックがあったのでわかった。」「出入口は今の設備よりはわかりやすい。」と好意的な意見と「出口は、線路の穴などもあってやや発見しにくかった。」と出口の発見しにくさについての意見が出ていた。 警告ブロックと誘導標示の間に空間をあけたことについては、「縁端と誘導標示の距離は今日くらい離れていると安心して歩ける。」「切れ目がわかりやすかった。」と好意的な意見が出ている一方で、その距離においては、「警告ブロックと誘導標示の距離はもう少し離れていた方が切れている感じがわかりやすい。」「警告ブロックと誘導標示はもう少し近い方がよい。」「50cmの距離が思ったより遠かった。」と適切な距離の感じ方には個人差があった。 1本線の誘導標示については、「1本線はよかった。」「誘導ブロックと違うのでわかりやすかった。」「方向がわかる一本線が安心した。」「エスコートゾーンよりも1本線の方がまっすぐ歩きやすい。安心感があった。」「これなら歩けそうかなと思った。ストレス減りそうだと思う。」と好意的な意見の一方で、「1本線はもう少し高さがほしい。慣れたらいけると思う。最初は不安だった。」「1本線だと幅が狭くどこにあるかわかりにくいので、もう少し太いとよい。2本線でもよい。」「1本線だと心理的に不安。それたり見失うと探せない。」と、もう少し高さや太さがほしいという声が多く出ていた。 その他、「普段聞かないような音も併せてなっているとよりよい。」「踏切道の路面の材質を変えた方がよい。」といった意見も出ていた。 4.考察 4.1踏切内に侵入または踏切から出たことの確認 今回の実験レイアウトでは、踏切道の出入口に警告ブロックを敷設し、その中央に誘導ブロックが接続していた。これは視覚障害者誘導用ブロック設置指針の横断歩道口の設置例に準拠しており、入口の検出率は1回目88.9%、2回目97.2%と高い検出率であった。一方で、入口の警告ブロック上で出口とは異なる方向へ身体を向けたまま歩き出す例もみられた。出口については、いずれの回も入口より検出率は低かった。試行後のアンケート調査でも入口が「とてもわかりやすかった」「ややわかりやすかった」と回答したのは83.4%であったのに対し、出口は72.2%と回答しており、入口よりも出口の検出に困難さを感じた被験者が多かった。自由回答形式の調査でも出口が発見しにくかったという意見があり、今回用いた誘導標示と警告ブロックの組み合わせでは、踏切道内に侵入したことはある程度分かったとしても、踏切道から外すなわち歩道へ出たことの確認については改善の余地がある事が明らかにされた。 また、歩行分析とインタビュー調査結果から、踏切道内の線路によってできる溝状の窪みが歩行を困難にし、特に誘導標示や警告ブロックの検出に影響すると考えられた。歩行路を横断するように存在する窪み(凹み?)に白杖の先が落ち込むたびに、一定の歩行速度を維持することが難しくなるだけでなく、落ち込んだ窪みに沿って意図しない方向へ杖先が誘導されるため、歩行方向を見失う例が複数の被験者で確認された。多くの被験者が白杖の石突きを路面から離さず、左右に振るスライド法で歩行しており、線路の窪みを避けながら歩行するという踏切道特有の状況と、速く渡りきらなければ危険であるという心理的負荷が高い状況で出口を確実に検出することの困難さが示された。 4.2 誘導標示の形状および設置形態 今回は歩道上の誘導ブロックと踏切道内の誘導表示の違いを明瞭にし、かつ歩行方向がわかりやすい標示の形状として、現行の誘導ブロックで使用されている線状突起を1本使用した。また、出入口と踏切道の境界を明瞭に示すため、警告ブロックの縁端から60cm離して誘導標示を設置した。これについては、試行後のアンケート結果から55.6%が誘導標示の見つけやすさについて「とてもわかりやすかった」「ややわかりやすかった」と回答していたが、44.4%は「わかりにくかった」「ややわかりにくかった」と回答した。自由回答でも境目がわかりにくかった、もう少し離れていた方がわかりやすいという意見もあれば、切れ目がわかりやすかったという意見もあり賛否は分かれた。この警告ブロックと誘導標示の間隔は、入口の警告ブロック中央で立ち止まって白杖を操作すると、杖先が誘導標示に触れて検出できる距離として設定した。しかし、実験環境のレイアウトについては事前に口頭で説明しているものの、それらの使用法については特に規定しなかったため、入口を示す警告ブロックを白杖で検出したときには、警告ブロックよりも手前の誘導ブロック上にいることもあり、そこから足を踏み出しながら白杖で検出するには、今回の誘導標示の形状は十分ではなかったかもしれない。今後は被験者のインタビュー調査結果にあるような標示の高さを増す、本数を増やすなどの改良による効果の検証が求められる。間隔については、ビデオ画像でも点字ブロック上で停止して白杖を操作した際に、誘導標示を検出できていることが確認されたため、誘導標示の形状を改良することにより、さらに検出性能を高めることも考えられる。 また、歩行軌跡の解析から、今回使用した誘導標示は踏切道内を安全確実に歩行する手がかりとして一定の役割を果たしたと考えられる。しかし、歩行路を横切るように窪みが複数回出現する踏切道という特殊な環境において、進行方向を見失うケースも少なからず見られたため、上述のような改良も必要である。踏切道を歩行するのに要した時間分析では、誘導標示から逸脱しないように慎重に歩行した、誘導標示を探索しながら歩行した、先述の通り凹みに杖先をとられて歩行速度が一定ではなかったなど、様々な要因により普段よりも歩行速度が遅くなり所要時間が増大したと考えられる。この点は、踏切道内の誘導標示や踏切出入口の誘導設備の敷設法について事前に周知するとともに、歩行訓練によってある程度の時間短縮も可能と考えられる。 5 まとめ 踏切を安全に安心して横断するためには、踏切があることを認知し、自分が踏切の中にいるのか、外にいるのかを知り、車両や他の歩行者を避けながら出口に向かって進み、渡り終えたことに確信が持てることがすべて揃う必要がある。さらに、踏切道の長さや出口の方向などが横断開始前にわかっていると、より安心して歩き出すことができる。特に、踏切の中にいるにもかかわらず外にいると誤認しないためにも、踏切道内の誘導標示は設置すべきである。踏切道内で歩行方向を維持するためにも、より確実で分かりやすい誘導標示の開発が待たれる。また、路面の誘導標示以外にも音声による案内を併用するなど別の方略による対策も検討の余地が残されている。さらに、一部で運用が始まっているAIを活用した画像解析による監視システムにも期待したい。 本研究においては実験試行中に一度も警報音や遮断機は作動しなかったため、実際の踏切ではそれらが作動した際の心理的負荷が増大し、結果に影響を及ぼすことも考えられる。予備検討において実際の踏切で横断行動を調査した際には、警報音が鳴り始めると慌てて方向を見失ったり、立ちすくんだりした例も確認されており、これらの心理的負荷が高い状況でも確実に踏切内あるいは踏切外のどちらにいるのか判断できる要件についてはさらに十分な検討が必要である。 |
図1 踏切道内の誘導標示に使用した突起形状
図2 実験に使用した踏切と誘導ブロック、踏切道内誘導標示のレイアウト
図3 踏切道出入口の検出率
図4 試行順別歩行軌跡
図5 踏切入口の発見しやすさ
図6 誘導表示の発見しやすさ
図7 直進するうえで誘導表示のわかりやすさ
図8 踏切出口の発見しやすさ