バリアフリー推進事業

2021年度 研究・活動部門 成果報告

研究助成名

携帯型触知案内図の研究開発とその評価

研究者名

特定非営利活動法人グローイングピープルウィル 橋 和哉

キーワード

携帯型触知案内図 中途視覚障害者

研究内容

1.研究の背景

・冊子型触知図に対する検討の必要性。 視覚障害者にとっては自宅などでゆっくり調べることができる冊子型の方が利便性に富む場合が多い。 ・点字使用者のみを対象としている。 点字表記をすることは点字使用者への配慮であって、視覚障害者に配慮しているとは言えない。 ・据置型にはその他にも様々なデメリットがある。 ・一定の場所で二次元のものを触知して、眼前の空間を認識できるのか。 ・情報取得の一つとして触知案内図を普及する必要性はある。

2.研究の目的

今後も触知能力が求められる触知案内図を視覚障害者の誘導装置の一つとして採用するのであれば、より多くの視覚障害者を対象にする必要がある。それと同時に、より理解しやすい形態にする必要があると考える。そうすることで、これまで触知することを敬遠していた多くの視覚障害者が触知を体験する機会が増えることにより、触知能力も向上すると考える。

3.研究の内容

3−1据え置き型触知案内図の問題点

・設置の有無が分からない。 ・設置場所が分からない。 ・汚かったり、熱かったり、冷たかったり、触るのに勇気がいる。 ・点字表記である。  ・持ち歩けない。 ・視覚障害者の外出行動の認識不足 設計者に対して ・視覚障害者の触知行動の認識不足 設計者に対して ・触知で認識するため時間がかかるし、正しく理解することが難しい。 ・触知案内図と現場のランドマークを見比べる(確認できる)ことができない。

3−2 検討課題

1)触知案内図の構成要素に関して

(1)点字表記に関して  公共施設を構成する要素としては、受付、階段、エレベーター、トイレ(男子・女子・多目的)、利用する部屋(集会室、料理室、和室、音楽室、体育室、給湯室等)利用しない部屋(スタッフのみが立ち入る部屋)などがある。  これらの情報を点字の短縮形で表示するのではなく、記号や浮き出し文字を活用する。

(2)空間の表現に関して 立ち入れない場所、留まる場所、通行する場所の3つの空間を触知で区別する。

2)触知案内図本体に関して  触読するためには適度な大きさが必要であり、携帯するためにはコンパクトであることが望ましい。また、ストレスなく上下の判別ができることが大切である。

3―3 研究内容 触知案内図を正しく理解できる点字触読者である視覚障害者と点字が読めない視覚障害者の協力を得て、メールや対面でのインタビューとワークショップを繰り返し現時点での最適解を求めた。触知記号を確認する媒体は、全てカプセルペーパーで行った。

1)触知表現対象箇所と記号のマッチング 表現すべき場所を洗い出し、それらを単純な記号で表現する。

(1)触知表現対象箇所に対するイメージを共同研究者に意見聴取し、そのイメージに沿って表現対象箇所に想像しやすい記号を当てはめる。

(2)触知案内図を正しく理解できる視覚障害者に、決定したマッチング(案)の確認を行った。アイデアが浮かばなかった「受付」に関してはアイデアを募った。

(3)決定した記号をどの程度までコンパクトにできるのかを中途視覚障害者が触読することで確認を行った。

その結果を表―1に記す。

(4)触知案内図上では、それぞれの記号は多くの浮き出し線と共に表現されており、記号の近くに浮き出し線があった場合でも記号を正しく認識する必要がある。中途視覚障害被験者6名は、20oの正方形の枠の中に置いた記号を全て認識できた。(図―1)

(5)各種部屋の表現に関して 最終的に、10文字のローマ数字を使用することにし、その判別の可能性を確認した。正方形20oの中に、枠から最低5oの離隔をとって4種類の数字の読み取りの正確さを確認し、それぞれの字体に対する感想を5名の視覚障害者に聞き取った。(図―2参照)その結果、5名ともゴシック体の1本線が読みやすいと回答した。 一般的に、数字や文字は統一した書体を活用するが、触読に関しては統一することは意味がない。聞き取った意見を基にして触読しやすいと考える数字を作った。(図?3参照)

2)触知案内図の形態の確認 JISでは触知案内図の大きさは、横1000o以内、縦600o以内が望ましく、冊子型の場合は折線が 触読の邪魔にならないよう配慮すると記されている。上下の区別は、当事者に意見聴取し右上部の角を切り落とすことにした。2穴B5サイズ紙ファイルに挟み、谷折りになるように収納する。

3)空間を触知で表現する。

(1)指が滑る模様の検討 触知案内図の難しさは、線と点のみによって表現されるため、壁を表している線の両サイドの空間が廊下なのか部屋なのか瞬時には区別がつかない。カプセルペーパーは熱を与えることで黒い部分が浮き上がり、その黒い部分は抵抗が大きい。よって、通常は何もしない箇所より浮き上がる部分の方が指運びの抵抗は大きくなる。浮き上がる部分の面積を極力狭くするように細い線状にすればその線の方向に指が滑ることがわかった。また、建物内の廊下の多くは90度に屈折することが多いので、極力細い線で格子状に表現することで廊下を表すようにした。  検討したもの(図-4 参照)を5名の視覚障害被験者に確認したところ、0.50ptが滑りが良く、格子模様の中に数字が入っていると戸惑うとの意見があり、廊下部を格子にした。

(2)ドットの検討 JIS規格では、おおよそドットの規格は決まっているが、今回のように同一触知図内に指滑りが良くなる格子模様を用いることから、指の滑りが悪くなるドットを検討した。  点の大きさを3種類、間隔を3種類の計9種類のドット(図-5 参照)を比較検討した。 (3)触知案内図としての検討  検討する図面は、廊下が横に通り、その上部に2つの部屋があり、廊下の下部に階段があるものとした。格子で表現する場所を廊下と部屋の2種類提示した。(図 6-@参照)  5名の被験者は、両方の触知図ともに理解ができた。廊下に格子模様がある方が評価が高かった。  この確認で新たにわかったことは、廊下と階段の境目や廊下と部屋の入口の境目に指の動きを遮らないような描き方が必要なことであった。また、階段を見つけやすいように踊り 場も格子模様にした方が良いという意見が多数あった。  次に、前回指摘のあった2か所(廊下と部屋や階段の境目の処理、階段の踊り場まで格子模様で表現)を改善し、かつ立ち入れない場所をドットで表現したものを2種類提示した。(図-6?A参照)  ドットが加わっても5名の評価は変わらず、廊下を格子で表現することで、廊下の存在が分かり部屋のローマ数字が読みやすいとのことだった。 4)触知案内図作成  現地において携帯型触知案内図の有効性を確認するために、阿佐ヶ谷地域区民センターの2階部分の触知案内図を作成した。  2階には誘導ブロックは敷設されておらず、4か所(エレベーター、トイレ3か所)に警告ブロックが敷設されているため、この警告ブロックを表現する必要がある。直径7oの円の中に全長5oの手裏剣型の模様を加えた。この触知案内図が認識できるのかは、現地で確認することにした。(図-7 参照) 3−4 現地での確認 阿佐ヶ谷地域区民センター(令和4年4月に開館)でワークショップを行った。 現在、当センターは据え置き型の触知案内図を設置せず受付で希望者に塩ビ版のB4サイズ携帯型触知案内図(点字表記)を貸し出すスタイルに変更している。  2階にある第3集会室に集合し、6名の被験者に対して3種類の触知案内図を提示し、目的となる場所にたどり着き、戻って来れるのかを確認した。  携帯型の触知案内図がどのような効果があるのか、また新たな気づきがあるのかが重要であると考え、複数回歩くことの学習効果は問題視しなかった。 1)ワークショップ前 事前に、8名の被験者にWS案内と共に携帯型触知案内図(図-7)を郵送した。それと同 時にメールでワークショップの目的(参考-1)を伝えた。

2)ワークショップ  当日は、2名が体調不良で欠席し、被験者は6名(うち点字使用者3名)となった。

(1)概要 触知案内図の現状と今回のWSの進め方を説明し、参加者の触知案内図に対する意見を聞き取り、歩行実験を行った。その後に今回の触知案内図の感想を聞いた。 歩行実験は、据え置き型、携帯型(点字表記あり)、携帯型(点字表記なし)の3種の媒体を元に歩行を行った。一人ずつ異なる触知案内図を使って目的地まで往復を移動するものとした。 触知案内図を読み込む時間は最大で2分間。読み込んだ後に視差と口頭で男子トイレまでと戻ってくるまでの道順を聞き取る。その後、男子トイレに向かい、たどり着けば第3集会室に戻る。戻った後に聞き取りを行う。 2回目は媒体と目的地の変更をし、同じような確認作業を行った。

(2)評価項目とその結果 ・主観的な評価として @ WS前と後の触知案内図に対する自由意見  ・主観的な評価としてA 歩行後のインタビュー   ・客観的な評価として@ 触知案内図の理解力の確認 ・客観的な評価としてA 歩行時間計測・歩行方向

3−5 結果

(1)触知案内図の理解に関して  被験者は、触知案内図上で、これから行くべき地点(2点)とその経路(2経路)を全て、正しくスタッフに視差し口頭で説明ができた。

(2)触知案内図を正しく読み込むことによって、現場との違いに戸惑う現象が多く見えた。 単独歩行をする視覚障害者は、壁伝いに扉の数などを数えながら歩行する。よって、こ の壁の部分をデフォルメした触知案内図を読み込んで歩行をすると、現実空間では混乱 を引き起こすことがわかった。このことから、視覚的に分かりやすくデフォルメした案内 図を基に作成された触知案内図では、正しく視覚障害者を誘導することはほぼ不可能で あることがわかった。また、扉の形状はできる限り正しく表現する必要もある。 第1〜第3集会室の入り口はアルコーブ、給湯室などはオープン、立ち入れない箇所 にも扉はあるので、それらを触知で判別できるように正しく表現する必要がある。

(3)線でなく面で経路を考えた被験者がいた。 歩行能力が非常に高い先天盲の参加者2名は、この触知図を読み込むことでこれまでの歩行行動を見直す発言をした。この二人に限らず多くの視覚障害者は、たどった道を戻る場合、その廊下の形状等の歩行空間を覚えようとする。しかし、触知案内図を正しく読み取ることで、来た道を戻る必要性がないことが分かった。今回の場合、トイレ・エレベーターから第3集会室に戻る場合、反時計回りだと、第1、第2集会室の扉の確認をしなければならないが時計回りで第3集会室に向かうと初めの角を左に曲がって一つ目の扉が第3集会室となり、探索が非常に楽である。

(4)晴眼者と共通の認識が持てない。   黒しか反応しないカプセルペーパーの特徴を利用して、赤字で表記することで晴眼者 と視覚障害者は共通理解が進む。

(5)改良した触知案内図(図―8)の検証 視覚障害者の歩行行動を頭に入れていれば、晴眼者用にデフォルメした案内図を基に触知案内図を作成しても意味がないことがわかり、WSの意見を取り入れて改良したものを参加者のうち4名に提示した。現地の様子を記憶していたので触知案内図と記憶を照らし合わせて図の確認を行った。 ・第1〜3集会室の扉、ボランティア室、事務室、給湯室などの扉を全て記載したことは 高い評価を得た。特にアルコーブは廊下を伝って歩く人には非常に特徴的であり、表現し たことに喜ばれた。 ・晴眼者にもわかるように、触読の邪魔にならないよう赤字で部屋の名前を記載したこと に対しては、自分が迷って人に聞くときに困らないから良いとの評価を得た。 ・警告ブロックに関しては、ミスプリと間違えられるとの意見があり、いくつか検討を行 ったが、答えが出なかった。 玄関・受付がある1階には利用者が目的とする部屋は少なく、目的とする部屋は他階であることが多い。よって、1階に触知案内図が設置されてもその効果は非常に薄いと考える。 利用者の行動は、目的の部屋に行くだけでなく、その部屋からトイレや自動販売機に行くだろうし、その部屋から玄関に向かう。この一連の行動を玄関付近に設置する触知案内図で対応できるとは思えない。また、“こころのバリアフリー”と周囲の協力を借りればいいとの考えもあるが、このような基本的な移動は、他人の世話にならずに対応できたほうが良いと視覚障害者は考えている。  

4.今後の課題

晴眼者にとって、おおよその位置関係が分かればいいことから色分けをして部屋の区分を明確にする構内案内図が有効である。一方で視覚障害者は、広い空間でおおよその場所が分かっても壁沿いに歩行するので、構内案内図を基に作成された触知案内図は歩行の助けにはならない。もちろん、その空間に何が存在するのかを把握することは可能であるが、それは点字触読者が凡例を読むことで認識可能である。 触知案内図が、視覚障害者のための装置と言われ長い年月が経過しているが、164万人と想定される視覚障害者の中の果たして何%の人がその恩恵を受けているだろうか。 「携帯型触知図は一定の役割を果たす」という仮説を証明すべくこの取り組みを始め、少なくとも杉並区の公共施設においては、携帯型触知案内図が有効であることが分かった。 触知案内図を構成する要素をJISで検討を重ねるより、まずは触知案内図の役割を定義づける必要があると考える。 視覚障害者の情報提供・誘導に関しては、ICTを活用することも検討すべきである。ただし、晴眼者においても車載ナビやスマホのナビ機能を多用することで地図の読み取り能力を発揮する場面は確実に減少している。また、携帯電話ができたことによって多くの電話番号を覚えていた視覚障害者も記憶する必要性が少なくなり、その能力は確実に落ちている。 新たな技術を取り入れながらも一方では、人としての感覚を大事にするバランスよい開発を目指すべきだと考える。 私は、杉並区内において視覚障害者の支援者であり、日常的に研究を行う者ではないため、調査結果に対しては偏りがあることは否めない。研究者がこの活動に関心を寄せていただけることを願っています。

謝辞 本研究は、公益財団法人交通エコロジー・モビリティー財団の研究助成「2021年度 ECOMO交通バリアフリー研究・活動助成」を受け実施したものであり、ここに謝意を表します。

参考資料: JIS S 0052:2011  高齢者・障害者配慮設計指針―触覚情報―触知図形の基本設計 JIS S 0922:2007  高齢者・障害者配慮設計指針―触知案内図の情報内容及び形状並びにその表示方法 JIS T 0921:2017  アクセシブルデザインー標識、設備及び機器への点字の適用方法

 

表1 決定した記号とサイズ

表1 決定した記号とサイズ