バリアフリー推進事業

2020年度 一般部門 成果報告

研究助成名

聴覚障害者の移動時の快適性に関する当事者研究  〜機内エンターテインメントへの字幕付与に着目して〜

研究者名

東京大学先端科学技術研究センター 牧野 麻奈絵

キーワード

バリアフリー字幕、情報バリアフリー、機内エンターテインメント、聴覚障害、アクセシビリティ、飛行経験

研究内容

(研究目的)
 申請者を含め聴覚障害者は、長いフライトにおいて、機内エンターティメント(以下、IFE)に日本語字幕がないため、移動時の快適性が損なわれている。邦画にはほとんど日本語字幕がついておらず、洋画には日本語吹き替えはついているものの日本語字幕がないこともある。非聴覚障害者と同様に快適な移動ができるよう、IFEに字幕付与推進をしていく必要がある。本事業の目的は、国内外のIFE字幕付与の調査、聴覚障害者の機内快適性の測定、ステークスホルダーへのインタビューを通じ、字幕付与推進に必要な対策を明らかにすることである。

(研究手順)

アンケート調査、グループフォーカスインタビュー、個別インタビュー、文献調査

(研究成果)

本研究では、国内外のIFE字幕付与の調査、聴覚障害者の機内快適性の測定、ステークスホルダーへのインタビューを通じ、IFEへの字幕付与推進に必要な対策の一端を明らかにした。
まず、機内快適性という主観的な指標を測定する、標準化された質問紙が存在しなかったため、その開発を行った。先行研究によって報告された、機内快適性を構成するテーマに基づき、GFIと一般人口を反映したサンプルを対象とした予備調査によって、32項目からなる機内快適性尺度を開発した。因子分析の結果、「基本サービス」「空間的快適性」「エクセレントサービス」の3因子構造を持つことが明らかになった。
この尺度を用いて、聴覚障害者48名と、年齢・性別をマッチさせた聴者48名を比較するためのt検定を行ったところ、極めて興味深いことに、3つの因子のうち、「空間的快適性」においてのみ聴覚障害者の得点が聴者よりも有意に低かった。先行研究では、手話を第1言語とする聴覚障害児のパーソナル・スペースが、聴児や聴児とともに教育を受けている聴覚障害児よりも広いことが報告されている(Mallenby & Mallenby, 1975)。可能性としては、聴覚障害者は聴者よりも、機内を狭いと感じる度合いが高いのかもしれない。今後、第一言語ごとの比較が必要である。さらに、不安が強いと、パーソナル・スペースが広くなることも知られている(Iachini et al., 2015)。このことは、聴覚障害者の方が聴者よりも、不安が強いためにパーソナルが広く、空間的快適性が低くなっている可能性を示唆する。今後、不安を測定する尺度と、機内快適性尺度との関連を調べる必要がある。

また、予想通り、IFEに関する快適性は、聴覚障害者の得点は聴者よりも有意に低く、聴覚障害者は聴者よりもIFEにアクセスできない、また、アクセスできないがゆえに聴者よりもIFEを楽しめない実態があることがわかった。 次に、IFEの利害関係者へのインタビューを通じて、日米の、IFE字幕付与を取り巻く状況を調査した。アメリカでは、2016年の時点でアクセスボードにより、IFEに関する歴史的な合意が形成されたものの、トランプ大統領が連邦行政機関の長に対してコスト低減を命じる行政命令「大統領令13771」により、法的拘束力を持つ段階にはいまだに至っていないことが、関係者へのメールインタビューによって明らかになった。 国内の聴覚障害当事者団体へのインタビューからは、聴覚障害と言っても聞こえの状態やニーズは多様であり、字幕付与という視覚的情報保障だけでなく、聴覚活用によるIFEの情報アクセシビリティ向上も検討しなくてはならないことが示唆された。  航空会社、空港会社へのインタビューからは、日米の法的枠組みの違いが大きな影響を及ぼしていること、コンテンツ制作・配給会社がボトルネックであること等が示唆された。また、航空業界全体のサプライチェーンにおけるIFEの位置づけに関する将来展望を見据えたうえで、技術の進歩に伴うIFEの個別最適化と多言語化というトレンドを踏まえたアクションの重要性が示唆された。この技術革新による個別最適化は、聴覚障害者の聞こえとニーズへの対応を考えたときにも重要になると考えられる。  加えて本研究では副産物として、聴覚障害のある研究者や研究協力者が、アンケートやインタビューを行う際のセットアップも開発した。このことは、研究への聴覚障碍者参画や、研究コミュニティのダイバーシティ&インクルージョン向上に資する成果と言える。  今後は、国内外の動向をさらに調べるとともに、1.法的拘束力を強くする方向性、2.IFEコンテンツ制作・配給過程にアプローチする方向性、3.技術革新によるIFE端末の個別最適化と多言語化の方向性という、3つの方向性に沿って、IFE情報アクセシビリティ向上に向けた検討を進める必要がある。

 

 

 

 

バリアフリー設備のご紹介

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実績報告

成果報告会