バリアフリー推進事業

2019年度 研究・活動部門 成果報告

研究助成名

2.5Dプリンターを使った視覚障害者・児用 触地図の効果について

研究者名

金沢大学人間社会学域学校教育学類附属特別支援学校 吉岡 学

キーワード

視覚障がい者・児、触地図、2.5Dプリンター

研究内容

(研究・活動の背景)
 世界中には約3億人の視覚に障がいのある人がいる。そのうちの1900万人は、15歳以下の視覚障がい児であるといわれている(WHO,2012)。2020年東京にはオリンピック、パラリンピックが開催され、その5年後には大阪で万国博覧会が開催される。つまり、この数年間に世界中から沢山の人々が様々な目的で日本に集まってくる。その中には当然、視覚障がい児・者も含まれている。視覚障がい児・者は、一般的に歩行は白杖を使って移動することが多い。さらに、移動する場所は、いつも同じ場所に移動することが多い傾向がある。その理由は、視覚障がい児・者にとって未知の道路、建物、地域等を既知状態にすることは極端に苦手であり、未知の場所への移動を白杖や盲導犬のみで単独移動することは困難を伴うからである。
本研究は、この困難を解決すべく方法として2.5Dプリンターテクノロジー(カシオ計算機株式会社)を用いた携帯型触地図の活用を提案した。この2.5Dプリンターテクノロジーを用いた携帯型触地図は、専用紙に印刷されて常に持ち運びが容易である。また、ユーザーである視覚障がい児・者が移動の際に必要とする情報を取捨選択し、手軽に触地図をカスタマイズすることも可能である。この技術を取り入れることにより視覚障がい児・者が未知の道路、建物、地域等を既知状態にすることが容易になり、白杖によって単独移動する機会が増えるものと思われる。
2020年から数多くの世界の祭典がこの日本で行われ、様々な経験ができる大きなチャンスでもある。人は、色々な経験をすることで成長し、人生を豊かにするものである。今回、その素晴らしい機会を視覚障がい児・者においても得ることを願って開発を行った。

(研究・活動の目的)

本研究は、白杖による単独歩行の困難性を解決すべく方法として2.5Dプリンターテクノロジー(カシオ計算機株式会社)を用いた携帯型触地図を提案した。この携帯型触地図が視覚障がい児・者の未知の道路、建物、地域等を既知状態にすることを容易し、白杖による単独歩行が可能になるための有効な支援ツールと成り得ることを本研究の目的として開発を行った。

(研究・活動の成果)

  1. (1)触地図について
    触地図とは、鳥瞰図的な地図を基礎として、それに触れる視覚障がい者に周辺の実際的、また概念的情報を与えることができるものである。既存の触地図は、1)公共施設などの全体像を示す全体触地図、2)建物内のフロアなどを示す部分触地図、3)トイレや部屋内などを示す詳細触地図の3種類に大分できる。しかし、既存の触地図には表記方法に統一された基準がなく、含まれる情報量が多く、触地図内で使用されている図形に統一性も無いといわれている(伊藤 2016:Kwok 2005)。
    触知図の製造については、紫外線硬化樹脂インキ以外の製法としてインボス方式、サーモフィーム方式、エッチング方式、象がん(嵌)方式などがある。
    1960年代にはアメリカから日本に視覚障害リハビリテーションが導入され、従来の歩行訓練に欠けていた「定位」という概念が広まった(芝田 2013)。そして歩行訓練の指導書に触地図の利用方法が書かれるようになった(文部科学省 1985)。また、1970年代には自治体スケールの触地図が作製・配布されるようになった。さらに、1981年の国際障害者年とその後の各種障害者関連法の施行にともない、自宅や施設にこもりがちであった視覚障がい者が「外」に出られるまちづくりが重要視されるようになった。その頃から公共施設への触地図案内板の設置が進み,福祉機器カタログの中で市販の触地図が紹介されるようになった。
    (2)2.5Dプリンターテクノロジーについて
    2.5Dプリンターテクノロジーはカシオ計算機株式会社の所有する最新印刷技術の1つである。この技術では、シートの表面に凹凸を付けてカラー印刷することによって、木、布、石などさまざまな素材が持つ繊細な凹凸・色合いや、ステッチやエンボスなど加工による形状も1枚のシート上へスピーディに表現できる印刷物を作成することができる。専用シートに塗布した熱膨張性マイクロカプセルを近赤外線で加熱により発泡させることで、シート表面に凸部を形成することができる。これによって、シートの表面にさまざまな凹凸の形状があるかのような触感を得られる。シート表面の凸部の高さは、最小で0.1mmから最大1.7mmまで制御できる。基本的な作成プロセスとテクノロジーは以下の通りである(図1)。

    (3)2.5Dプリンターテクノロジーを用いた携帯型触地図の作成について
    2.5Dプリンターテクノロジーを用いた携帯型触地図は、専用のデジタルシートを用いて作成される。

    作成手順は、まず触知図の対象とする地域を画像編集ソフト等でカラー画像データとして作成する。次に、画像データの中で点字にした部分や経路の凹凸部分を検討する。その後、凹凸部分のデータを作成し、図1及び図2のデータを専用の2.5Dプリンター機器(Mofrel)に送信し、印刷を行う(図2)。1度データとして作成された触地図は何枚も作成でき、内容の変更も可能である。また、作成時間は1枚当たり12分と短時間で作成できる特徴を有する。
  2. (4)触地図に必要な機能及び情報について
    2.5Dプリンターテクノロジーを用いた携帯型触地図に表示される必要な情報を決定するため視覚障がい者に白杖を使った単独歩行を行ってもらい、単独歩行に必要とされる情報について調査を行った。詳細は以下の通りである。

    1. 対象者

    対象は、早期失明者20名とした。対象者の障害発生時期はいずれも3歳以前に失明し、視覚障害以外の障害の無い者であり、かつ単独歩行(全盲児は白杖使用)が出来る者であった。

    1. 実験及び学習期間

    実験期間は、2019年3月4日から2019年7月31日までである。

    1. 実験経路

     実験経路は、A地点から盲学校の180mの通路とする(図3)。その通路には信号機付き交差点が2か所(@、D)、曲がり角が3か所(A、B、C)存在している経路であった。また、各経路においてブロック塀等がいずれかの場所の設置されていた。また、CD区間では、浄水場があり、常に給水ポンプの稼働している音が響いていた。

  3. 実験方法

本実験では、早期失明者20名を2つのグループに分けた。1つ目のグループ10名は、この経路を普段から白杖による単独歩行をしているものとした(既知状態グループ)。もう一方のグループ10名は、普段から白杖による単独歩行をしているが、上述の経路を一度も歩行したことがないものとした(未知状態グループ)。既知状態グループは、実験室において実験経路を口述させた。指示は「この経路を、あなたと同じような歩行能力の友人が安全に歩けるように言葉で伝えてください」というものとした。一方、未知状態グループは、最初に実験経路を晴眼者との手引き歩行を行った。その際には晴眼者は、視覚障がい者から聞かれる質問のみに答えるようにした。この手引き歩行は2回行った。その後、未知状態グループの視覚障がい者は、実験経路で白杖を使った単独歩行を行った。単独歩行の際には安全確保のため視覚障がい者の単独歩行の邪魔にならないように測定者が後方についていった。また、単独歩行開始前に「この経路をあなたが歩行する場合、必要とする情報を口述しながら歩行してください」という指示を与えた。口述したデータは、携帯型録音機(Panasonic ICレコーダー:RR-XS470-K)によって行われた。また、実験経路から5m以上間違えて別の経路に行った場合には、測定者が停止を命じ、実験経路に手引きにて戻すようにした。
本実験の分析データは、視覚障がい者が現実場面の経路を口述表現する際に用いる語句を分類して、文章を構成する定型的な概念要素(スキーマ)を抽出することにした。視覚障がい者が、どのように経路探索を行っているかを詳細に調べるためには、実際の地点においてプロトコルを採集する方法が適している。また、言語のみではなく距離や方位の認知や認知地図の再生など、他の表象形式による実験方法を合わせて行うことが好ましいといえる。しかし本論では、言語をコミュニケーションに用いる外的表象としてとらえ、経路口述文を分析データとした。また、分類・抽出する方法は、横山(1999)らの経路口述文からの方法に倣って行った。
「参照エレメント(E)」は、都市環境を構築し歩行において手がかりに利用される定常的で不動の物の名称、「定位(O)」は、そのエレメントや主体の位置関係を表す語句、「移動(M)」は、主体の位置変化などを表す語句とした。経路口述文は、この3種類の語句の結びつきを基本構造とした。
E,O,Mは、さらに細分類を設けた。「参照エレメント(E)」には7つの細分類を設けた。まず、白杖で触察できるものとそれ以外を分け、前者は形に基づいて点状(E1)、線状(E2)に分けた。後者の白杖以外で察知するエレメントには、聴覚や嗅覚などで知るもの(地面を白杖で叩く音のエコー音、匂いで飲食店を知るなど)など様々な種類があるため、経路口述文には、察知する方法は必ずしも表されないので、本分類では、そのものの形に基づいて点状(E3)、線状(E4)、面状(E5)に分け、特に言葉で特定した音を述べた場合には、別に分類(E6)とした。起点・終点は実験で恣意的に選ばれたエレメントであり、別の分類(E7)とした。
「定位(O)」には、順序(O1)、距離(O2)、方位(O3)、形状(O4)の4つの細分類を設けた。「移動(M)」は、使用頻度の高い語句(行く、歩く、渡る、探る、越える、出る、入る、来る、曲がる)を意味内容からグルーピングして、行く(M1)、渡る(M2)、出る(M3)、曲がる(M4)、探る(M5)の5つの細分類を設けた。

  1. 分析方法と結果

まず、口述データを書き起こして語句を抽出し、上述の分類のいずれに当てはまるかを検討した。語句の抽出と分類に関しては測定に関わった2名の分析者と全く本研究に関わらなかった1名の分析者が別々に行い、3人の意見が一致率80%以上の口述データを採用した(表1)。その後、視覚障がい者の既知状態グループの未知状態グループの2群に分けて、一経路(片道)当たりの分類毎(E1〜M5)の語句使用比率を算出した(表―2)。
16分類毎の比率について、視覚障がい者を既知状態グループと未知状態グループの間で有意差が認められるかをWilksの群間差検定を行った。その結果、両グループの間には有意差が見られた(Λ=.008, F=15, df=(1,18), p<.05)。 次に既知状態グループと未知状態グループについて判別分析を行った。標準化変量を調べると、E3、E5、O2、O4、M1、M3の値が大きいことが明らかになった。
視覚障がい者がある経路を歩行する場合、その経路が既知状態である場合と未知状態である場合とでは、必要とする情報が異なることが明らかになった。まず、既知状態である歩行経路においては、E3、M1、M3という情報を必要としていることが明らかになった。E3は、白杖以外での察知する参照エレメントであり、今回の対象経路においては駐車場、家並み、盲学校、水道局などがあった。M1は、移動エレメント(行く)であり、今回の場合は「行く」、「歩く」、「進む」、「伝う」、「沿って歩く」、「通る」などが使われた。
M3は、移動エレメント(出る)であり、今回の場合は「出る」、「ぶつかる」、「突き当たる」、「当たる」などが使われた。
一方、未知状態である歩行経路においては、E5、O2、O4という情報を必要としていることが明らかになった。E5は、面状での参照エレメントであり、今回の対象経路においては四つ角(交差点、十字路)、丁字路などがあった。O2は、定位エレメント(距離)であり「ずっと」、「すぐ」、「少し」、「しばらく」などが使われた。O4は、定位エレメント(形状)であり「広い・狭い」、「大きな」、「ひらけた」、「ふち」などが使われた。

  1. 考察

 視覚障がい者が白杖における単独歩行を行う場合、その経路が既知状態である場合と未知状態である場合とでは必要とする情報が大きく異なることが明らかになった。未知状態の場合には、歩行者中心の近接的な環境情報を必要としているが既知状態の経路になると必要とする環境情報に広がりが見られた。加えて移動に関する部分においても具体的な言葉での表現ができるようになっていた。
この点からすると視覚障がい者の単独歩行を支援する触地図に関して必要とされる情報は、既知状態である場合と未知状態である場合とでは異なる仕様にすることが必要と思われる。未知状態の段階では、
歩行者の近接的な情報をより多く含む使用の触地図を利用して、対象経路の歩行回数が増えるごとに歩行者の環境情報を徐々に広げていく触地図が望ましいものと思われる。
以上の要件を満たす触地図を開発した(図4、図5、図6)。

  1. 参考文献

伊藤夏海 小出昌二(2016) 公共における触知案内図と触知記号の有効性に関する考察.日本デザイン学会 第63回研究発表会.
Kwok Misa Grace 福田忠彦(2005) 触図・触地図作成ガイドラインに基づく触地図の試作.日本人間工学会大会講演集 41, 288-289.
文部省(1985) 『歩行指導の手引』 慶應通信株式会社.
芝田裕一(2013) 視覚障害児・者の歩行訓練における課題(2).兵庫教育 大学研究紀要 42: 11-21.
横山勝樹 野村みどり(1999) 視覚障害者の空間表象に関する研究 ‐経路口述におけるスキーマの抽出‐. 日本建築学会計画系論文集 522, 195−200.

 

 

2.5Dプリンターテクノロジー

図1 2.5Dプリンターテクノロジー

携帯型触地図作成手順

図2 携帯型触地図作成手順

実験経路

図3 実験経路

表1 経路口述文の分析例

経路口述文の分析例

表2 グループごとの語句使用比率

グループごとの語句使用比率

新規開発した触知図

図4 新規か初した触知図

 

触地図を利用する女児

図5 触地図を利用する女児

触地図をもとにした歩行訓練

図6 触地図をもとにした歩行訓練

 

バリアフリー設備のご紹介

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実績報告

成果報告会