バリアフリー推進事業

平成28年度 中間報告

研究助成名

高次脳機能障害者・失語症者に対するコミュニケーション支援ボードの有用性に関する研究

研究者名

国立障害者リハビリテーションセンター研究所 障害工学研究部・電子応用機器研究室 中山 剛

 

研究内容

(研究の背景)
高次脳機能障害とは頭部外傷,脳血管障害,脳炎,低酸素脳症,脳腫瘍等による脳の損傷の後遺症として,記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害など認知障害が生じ,これに起因して,日常生活・社会生活への適応が困難となる障害のことを指す(1).高次脳機能障害者数は,狭義の福祉・行政的な定義では全国で約27万人と推計されており,狭義の高次脳機能障害は福祉・行政的には精神障害に分類される.一方,広義の学術的な定義では東京都内だけでも約4万9千人であると推計されている(全国では約50万人と推計されている)(2).表1に東京都が発行している高次脳機能障害者に関するパンフレットに記載されている高次脳機能障害が疑われるような主な症状を示す(広義)(3).なお,実際にはこれらの複数の症状を有している高次脳機能障害者が多い.また,広義の学術的な定義では一般的に失語症は高次脳機能障害者の代表的な症状の一つとして分類されている.しかし,福祉・行政的な定義では失語症は身体障害のうち「音声・言語・そしゃく機能の障害」に分類されている.
 研究代表者が高次脳機能障害者とその家族を対象に平成20年度に実施した実態調査研究(回答者505名)では,道によく迷う高次脳機能障害者は22%,道にたまに迷う高次脳機能障害者は36%であり,6割弱の高次脳機能障害者が道に迷うことが明らかとなっている(4).また,迷ったことのある場所として,駅の構内と回答した高次脳機能障害者が26%(当該回答者332名のうち89名)を占めるなど,介助者なしで外出できる高次脳機能障害者にとっても公共交通機関利用時に不便さがあることが分かる.更に研究代表者が平成22年と平成23年に実施した調査でも,「電車の車内放送は全く分からない」といった高次脳機能障害者の意見や「工事で改札が移動しており,改札の場所がわからず結局徒歩で帰ったことがある」といったケースも聴取している(5).また,高次脳機能障害者の全国的な家族会であるNPO法人日本脳外傷友の会が平成21年度に実施した実態調査でも公共交通機関の利用時に自立している高次脳機能障害者は37.1%,一部介助が27.8%,全介助が27.3%と報告されている(6).NPO法人全国失語症友の会連合会(現在の日本失語症協議会)が平成24年に実施した調査では公共交通機関を利用して一人で外出できない失語症者は49%(N=486名)と高い割合であった(7).更に「駅などの放送が分からない時どうするか」という質問項目に対して35%が「何もしない」と回答するなどコミュニケーションが課題になっていることが調査の結果で明らかとなっている.
 これまで絵記号が失語症者にとってどれだけ有用かを調査した先行研究が幾つか存在し,紙のコミュニケーション支援ボードやアプリも開発されている.しかし,公共交通機関利用時において,これらがどれほど高次脳機能障害者や失語症者に有効か,どのような種類の絵記号がどの場面で有効かを調査した先行研究は殆ど見当たらない.

絵記号を利用したシンボルコミュニケーションの手法があり,自閉症者や知的障害児・者等とのコミュニケーションに有効であることが分かっており,実際に利用されている.これらのシンボルコミュニケーションが失語症者にとっても有用であることも報告されている.例えば,コミュニケーション支援用絵記号デザイン原則(JIS T 0103)(あるいは元となったPICシンボル)が失語症者にとって有用であるという先行研究は少しある(林文博:視覚シンボルによるコミュニケーション −失語症者への適応の可能性について.高知リハビリテーション研究会, 1996.山上裕子,他:重度失語症者の視覚シンボルの理解―JIS絵記号を用いて―, 日本コミュニケーション障害学会学術講演会予稿集, 40, p.86, 2014など).
 その他にも例えば(公財)交通エコロジー・モビリティ財団では,コミュニケーション支援ボードを開発し約17,000部配布している.更に同財団はタブレットやスマートフォンなどでも使用することができる電子版を作成し,「コミュニケーション支援ボードデジタル版」としてブラウザ版として公開している.それ以外にも横浜市コミュニケーションボード(鉄道駅用)道路局作成(http://www.city.yokohama.lg.jp/kenko/shogai/kankoubutu/board/kyukyu.html)やコミュニケーション・アシスト・ネットワーク(CAN) 作成の「絵文字によるコミュニケーション」などいくつかの絵記号,シンボルが開発されている。また,ユープラス社製のトーキングエイドシンボル入力版やポケット AAC for iPadなど何種類か電子版/デジタル版も公開されている.しかし,これらのコミュニケーション支援ボード(デジタル版を含め)が実際に高次脳機能障害者あるいは失語症者にとって,鉄道など公共交通機関利用時に有効かを系統だって検証した先行研究は見当たらない.他方,どのような種類の絵文字がどの場面で有効かを調査した先行研究も見当たらない.

(研究の目的・意義)

高次脳機能障害者ならびに失語症者に対する交通バリアフリーを促進させることを目的とする.主に公共交通機関の利用時を想定して,高次脳機能障害者ならびに失語症者が「他者とのコミュニケーションに困難を抱えた場面」を調査し,更に絵記号等から構成されるコミュニケーションボードが有効であるか検証する.本調査研究の成果は,高次脳機能障害者や失語症者に対する交通バリアフリーを促進させる基礎データ,どのような絵記号がどのような場面で有効かを示す基礎データとなり,引いては高次脳機能障害者や失語症者の外出自立の支援に繋がると考える.

(方法)

  1. 各種開発されている絵記号,コミュニケーション支援ボードの認知度と利用可否をテーマにして「高次脳機能障害者・失語症者が公共交通機関の利用時に困ったことの調査」を実施する.高次脳機能障害や失語症の当事者ならびに家族に対するヒアリングを実施する.具体的な質問テーマは下記の通りである.
    ・公共交通機関を利用する際の困った場面について(コミュニケーション関係を含む)
    ・コミュニケーション支援ボードの認知度と利用経験について
    「(公財)交通エコロジー・モビリティ財団のコミュニケーション支援ボード」「同デジタル版」「横浜市コミュニケーションボード(鉄道駅用)」「ひろしましコミュニケーション支援ボード」「明治安田こころの健康財団コミュニケーション支援ボード」「コミュニケーション・アシスト・ネットワーク(CAN) 「絵文字によるコミュニケーション」,その他
    ・コミュニケーション支援ボードの利用の可否,利用場面,使用感について
    どんな場面で絵記号,コミュニケーション支援ボードが役に立ちそうか否か,どのような絵記号,デザインが良いのか
    ・携帯電話,スマートフォン,タブレットの使用経験について
    それと平行して高次脳機能障害者や失語症者を支援する専門職(作業療法士,言語聴覚士,ケースワーカなど)に対するヒアリングを実施して,それぞれの専門家の立場から同様の情報を提供してもらう.
    それらの意見や要望をもとにして,主に公共交通機関の利用時の高次脳機能障害者・失語症者にとっての絵文字,コミュニケーション支援ボードに対する有用性,要望を纏める.
    続いて,公共交通機関の中でも特に電車に着目した観察研究を実施する.すなわち,コミュニケーション支援ボード(紙ベースとデジタル版)等による介入研究(主に観察)を実施する.得られた結果をもとにして,高次脳機能障害者・失語症者による絵文字,コミュニケーション支援ボードの利用方法やそれらに対する要望を纏める.
    なお,本調査研究は国立障害者リハビリテーションセンター倫理審査委員会ならびに利益相反委員会の承認のもと,協力者に十分な説明を行った後,同意を得て実施した.

(研究の進捗状況とこれまで得られた成果及び今後の見込み)

高次脳機能障害者ならびに失語症の当事者・家族会の全国的な連合会である日本脳外傷友の会ならびに日本失語症協議会,高次脳機能障害者の当事者・家族会の東京都の連合会である東京高次脳機能障害協議会へ協力を依頼し,これまで3つの高次脳機能障害・失語症者の当事者・家族会にて内容説明を行い,意見を聴取した(平成29年2月28日現在).個別に同当事者や家族等から意見を収集した他,高次脳機能障害・失語症の当事者ならびに家族7名を対象とした詳細ヒアリング調査も実施した.作業療法士・言語聴覚士等の医療・福祉専門職からの意見も聴取した.また,高次脳機能障害ならびに家族・支援者を対象とした講演会(江戸川区高次脳機能障害者支援事業講演会,平成28年12月4日(日))の展示ブースにて(公財)交通エコロジー・モビリティ財団のコミュニケーション支援ボードならびに同デジタル版などを展示した.

表1.高次脳機能障害が疑われるような主な症状(広義、表示形式を改変)

表1.高次脳機能障害が疑われるような主な症状(広義、表示形式を改変)

バリアフリー設備のご紹介

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