バリアフリー推進勉強会

当財団では、移動円滑化に関する新しいテーマや課題について、関心のある方々と情報共有し改善の方向性を考えることを目的とした交通バリアフリーに関するワークショップを月に1回開催しています。

第14回バリアフリー推進勉強会 in 関西 開催結果概要

オールジェンダートイレ〜誰もが気兼ねなく使えるトイレを考える〜

配信期間
令和4年2月14日(月)午前10時〜令和4年2月28日(月)午後5時まで
趣旨説明者
室ア 千重氏(奈良女子大学 生活環境学部 住環境学科 准教授)
講演・パネリスト
佐藤 敬子氏
(TOTO株式会社 UD・プレゼンテーション推進部 UD推進グループ)
塩安 九十九氏(新設Cチーム企画 主宰)
加藤 恵津子氏(国際基督教大学 教養学部教授、学生部長)

講演概要

■導入・課題提起
「オールジェンダートイレを取り上げた背景」 室ア 千重 氏

 本勉強会の企画をいたしました奈良女子大学の室ア(むろさき)です。
 今回、オールジェンダートイレ・男女共用トイレをテーマに取り上げた趣旨と背景について説明いたします。
 最近、性の多様性について耳にされることも多いかと思います。
 LGBTという言葉はレズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(生まれたときに法律的・社会的に割り当てられた性別とは異なる性別を生きる人)の頭文字L・G・B・Tをとったものです。自分がどちらか決められない、分からない、決めたくない方々としてQueer(クイア)、Questioning(クエスチョニング)を合わせてLGBTQと記載されることもあります。性のあり方は多様でその他もあるという「+」をつけてLGBTQ+、「いろんな」「多様な」ということで複数形の「s」を付けてLGBTsと表現されることもあります。性的マイノリティの方がどれぐらいおられるかという数は調査によってさまざまですが、これらの方が存在し、生きづらい状況を抱えておられることは事実です。
 性の多様性については、LGBTQという言葉以外にもSOGI(ソジ)、後ろにEがついてSOGIE(ソジー)と表現されることもあります。Sexual Orientation(セクシャル オリエンテーション)、性的指向や好きになる相手の性という意味で、L・G・Bが該当します。Gender Identity(ジェンダー アイデンティティ)は、性自認・自分の性をどのように認識するかであり、トランスジェンダーのTが該当します。S・O・G・Iという2つの言葉の頭文字を合わせて「ソジ」と呼ぶこともあれば、Gender Expression(ジェンダー エクスプレッション)性表現、服装や髪型など、自分がどういう表現をしたいかも含めたEを加えて「ソジー」と表現されることもあります。この表現は全ての人が持っている性的指向性別に対するアイデンティティを意味し、性的な問題を自分たちのこととして捉える言葉として使われる場面も増えてきています。
 私が在籍する奈良女子大学では、2020年4月からトランスジェンダー学生の受入れを開始しました。その2〜3年前からトイレ・更衣室などのハード面の整備を進めるとともに、在学生への意識調査、学生も含めてどんな風に受け入れていけるかの話し合いを進めてきました。私自身、性的マイノリティの方々の存在は知ってはいたものの、問題点やどこを変えていかないといけないのか自体を知らないこと、学んで知っていかなければならないことを痛感しました。トランスジェンダー学生への配慮として、環境整備面に加え、他の人に知られたくない心理面を考えること、在学生に対しても男性が怖いので女子大に来た学生が不安に感じる場合もあるなど、一定の配慮が必要であることが分かりました。
 「誰もが気兼ねなく使える」環境整備を進めていくためには、まず当事者のニーズを知ることとして、新しい整備には一定の不安が存在していることにも配慮しながら考えていかなければなりません。私も含め、皆さんも言葉や存在は聞いたことがあっても認識はまだまだではないでしょうか。まずは「知ること」です。ご講演いただくTOTOさんはじめ他の設備機器メーカーさんもさまざまな調査をされて、課題をまとめています。性的マイノリティの方、特にトランスジェンダーの方たちのトイレでの困りごとは多く、環境整備として考えていかなければいけないと思います。
 環境整備は、2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会も1つの契機となり進んできていますが、性の多様性に配慮した事例はまだ多くありません。多くの自治体や整備主体の方々も配慮の必要性は理解していても、どんな整備をしたらいいか。どんな困りごとを解決すべきか詳しく分かっていないのが現状かと思います。
 トイレの整備は、いろいろな機能を一箇所に詰め込む多機能トイレでは、使いたい人が使えない等の課題があるため、機能分散が近年のトイレ整備で取り組まれています。このトイレ再整備の中で性的マイノリティの方も気兼ねなく使えるトイレの配慮・工夫が、実装していけるのではないかと考えます。オールジェンダートイレに関する議論が始まった段階ですが、これからの方向性、どのような整備から始めたらいいのか、ヒントを得る場になればと思います。


講演@ 「男女共用トイレのニーズと事例」 佐藤 敬子 氏

(以下、講演概要)

 TOTO株式会社の佐藤敬子と申します。今回交通事業者様のご視聴が多いとのことで、交通施設でのトイレの事例を紹介したいと思います。
 私は2015年からユニバーサルデザインをテーマに、使いやすいトイレの研究業務に従事し、一人でも多くの人が使いやすいパブリックトイレを目指すにはどうすればよいかを業務として取り組んでいます。私たちが社会生活をするためには「安心して外出できる環境」が非常に重要で、その環境の一つにパブリックトイレの整備が間違いなくあると考えています。さまざまな人が利用するパブリックトイレは、多様な人による多様な行為、ニーズへの配慮が必要となってきています。
 近年ではトランスジェンダーの方への配慮も注目されており、性別を問わず利用したいというニーズがあることが分かっています。また、そのニーズは乳幼児連れや発達障害のお子さんと一緒に使用される親御さん、高齢の親族を介助される方にもあり、男女別以外のトイレを望む声は多いと捉えています。
 最近では、バリアフリートイレも徐々に整備が進んでおり、このトイレが介助者と一緒に利用されたい方の受け皿になっている事実はあるかと思いますが、そういった方からは、本来バリアフリートイレは障害のある方が優先的に使われるべきで、利用するには気兼ねするという声も耳にしています。 施設(建物)の広さや想定される利用者の状況にもよると思いますが、男性・女性トイレ、バリアフリートイレとは別に、可能であれば男女共用トイレがある姿もこれからのパブリックトイレに求められるのではないかと思います。
 性的マイノリティの方のニーズでは、L・G・B・Tの中でもトイレについて困りごとを抱えているのはトランスジェンダーの方が多いです。しかしトランスジェンダーの方も全ての人が課題を抱えているわけではないので誤解のないようお願いします。
 当事者の方にヒアリングを行うと、「いつも周囲の視線を気にしなければならなくて不安」、「性別にとらわれずトイレを利用したいだけで男女共用トイレでないと使いたくない」、「多機能トイレを使用していて気が引ける一方、性的マイノリティ専用のトイレを望んでいるわけではない」という声を聞きます。私たちは、こういった困りごとを抱えている方へ実際の使い方・困りごと・要望について把握する活動も行っています。
 2018年度に採ったアンケートではトランスジェンダーの方に利用したことがあるトイレについて伺いました。トランスジェンダーの方はシスジェンダーの方に比べて男女共用トイレや多機能トイレを使った経験が高い傾向が出ています。一方で、自分の身体の性に基づくトイレの利用経験も、自分の性自認に基づくトイレを利用するという方も両方います。
 多機能トイレをシスジェンダーの方より使う率が高いと先ほどご紹介しましたが、なぜ使うのか。一番多かったのは男女別トイレが混んでいて、そこしか空いてなかったのが最も高いご意見でした。トランスジェンダーは自分の性や性のあり方を人に知られず利用したかったからという理由が、シスジェンダー方との大きな意識の違いとして浮き彫りになりました。トランスジェンダーの方に、外出先のトイレを利用する際、どのようなことにストレスを感じますかと伺ったところ、一番多かった回答は「トイレに入る際の周囲の視線」、「トイレに入る際の周囲からの注意や指摘」、「男女別のトイレしかなく選択に困ること」が上位として挙がっていました。
 他者の視線を気にせずに自由に選べる場合どのトイレを利用したいかに関して、トランスジェンダーの方はシスジェンダーの方に比べて、男女共用トイレや多機能トイレを使いたい割合が増えますので、性別にとらわれず排泄がしたいというニーズが高いと分かります。また、FtM MtFといったさまざまな性自認の方がいますが、自分の戸籍の性に合ったトイレを使いたい人もいれば、性自認に基づいたトイレを使いたいと答える方もおり、どのトイレを使いたいのかは、トランスジェンダーの方のそれぞれのニーズがあることも分かっています。
 性的マイノリティの方が着目されがちですが、男女に関わらず使いたいというニーズは、乳幼児連れの方にもあります。4歳〜7歳の子どもを持つ保護者に聞いたアンケートでは、「お子様がお子様自身の性別とは異なるトイレに入ることがありますか」ということに関しては、半分の方が「ある」と答えられました。そのことに対して抵抗を感じているかの問いに関しては、45%の親御さんが抵抗を感じていることが分かっています。調査結果から、男性・女性に区分けされない、親子で入れるようなトイレのニーズがあると言えます。
 次は、発達障がい児の保護者の方へのアンケートです。「お子様と一緒にトイレが入れないがゆえの困りごとはありますか」とお伺いすると57%の方があると回答されました。具体的な困りごとの一例として、「障がいがあるように見えないのと、だんだんと大きくなってきたこともありトイレの付き添いに同じトイレに入る際人の目が気になってきた」、「一緒にトイレの個室に入れないと外で待ってもらわねばならず、一刻も早く出ないとどこかへ行ってしまうのではと不安になる」、「見守りがないと居なくなるので介助者はトイレが出来ない」という声が挙がっていました。こういった親子の組合せに関しても性別問わず利用出来るトイレのニーズがあることが確認出来ました。
 最後、高齢者の介助者に聞いたアンケートです。「高齢のご親族と一緒に外出して困りごとはありますか」と聞きました。異性の組合せか同性の組合せかで集計を分けていますが、異性の組合せの場合、若干困りごとを抱える人の割合が高いです。異性介助の困りごとの内容としては、「男女共用のトイレがない」が最も多い回答でした。また異性介助、同性介助ともに「2人で入るにはブースが狭い」ことが挙げられています。調査結果から、高齢者の介助者にとっても、男女共用かつ2人で入れるぐらいの広さがあるトイレへのニーズがあることが分かりました。さまざまな方への調査に基づき「男女共用の個室トイレ」というのが、これからのパブリックトイレの姿の1つかと考えています。
 2020年3月に改修された横浜高速鉄道みなとみらい線・東急電鉄東横線の横浜駅の事例をご紹介します。みなとみらい線と東急東横線が乗り入れる横浜駅ですが、非常に透明感のある明るいトイレに改修されました。事前の現場調査をした上で機能分散も視野に入れながら改修されています。バリアフリートイレはこれまで男性トイレと女性トイレのそれぞれに1か所ずつ配置されていました。改修の際には異性介助や性的マイノリティ等にも配慮したトイレにすべく、男性・女性トイレの間に男女共用で使えるトイレを4室設けています。男女共用で使えるトイレを増やすとともに機能分散も図った事例です。車いす使用者にも使える広さや手すり等が設置されたトイレ、男女共用の広めのトイレがあり、ベビーカーやお子様連れでも問題なく入れて、おむつ交換台やベビーチェアなどの設備があります。現場には清掃員の方が頻繁に出入りするほか、警備員も巡回しており非常に人の目が行き届く場所になっています。ちなみに手前に待ち合わせ出来るようなベンチも備えられています。
 改修後の利用実態についても調査しています。調査は3種類行い、実際に何人ぐらい使ったのかという「目視・カウント調査」、男女共用トイレを利用された方の満足度などを「出口アンケート調査」にて伺い、「当事者ヒアリング」として男女共用トイレを使いやすいと思われる方を事前に抽出して、現場に来ていただいてヒアリングしました。当事者として、乳幼児連れの方5名と発達障がい児の保護者の方4名、高齢者の介助者5名とトランスジェンダーの方5名にお越しいただき、それぞれご意見を伺いました。
 利用実態としては、男女共用の4室は平日休日ともおおよそ満遍なく使用されました。平日だと7時40分〜18時50分の間に118人の利用、休日ですと10時〜18時30分の間で103人の利用がありました。混雑した時間帯では、平日は出勤時間帯、朝の時間帯の混雑が多く見受けられました。混雑とはいえ4室あるため、長時間人が並ぶといった状況は見受けられませんでした。休日は特に並ぶということはなく、どの時間も大体9〜15人ぐらいのペースで1時間ごとに使われていました。
 利用者の属性は、調査員が外見により判断したところがあり正確ではないところもありますが、平日休日ともに見かけ上、健常に見える男性の利用が半数を占めていたと思います。休日は男女共用トイレをお子様連れが使っていた姿が見られました。
 続いて当事者の方をお呼びして具体的にどう思うかを伺ったヒアリング結果です。
 横浜駅のトイレに来て自由に選択出来る場合、どのトイレが最も使いやすいかについて、広めの男女共用トイレを選ぶ方が多くいました。理由としては、発達障がいの息子さんを持つ保護者の方は女子トイレには連れて行きづらい、車いす使用者トイレほど広いスペースは必要としない、乳幼児の保護者の方も子供を2人連れても十分な広さがあったという声、トランスジェンダーの方からは、見た目は男性に見えるが出来れば男女共用トイレを使いたいと思っているので、こういったトイレがあれば選ぶという声がありました。トランスジェンダーの中には男性トイレを選ぶという回答をされた方もいましたが、現在は性別の移行も済んで男性トイレを使うが、性別の移行期には男女共用トイレを選んだという意見もありました。
 次に、どんな考えを持ってトイレを選択したのか伺いました。多くの方が車いす使用者トイレかどうかで判断していて、障がい者マークがない方を使うと伺いました。後から障がい者が来るかもしれないのでマークのあるトイレは使わないようにしたという意見が多数でした。
 現場の結果から、車いすとそうではないトイレを設けることで、利用者同士が譲り合って使ってもらえると思います。
 発達障がい児の保護者の方は、子どもは聴覚過敏があり女性トイレにある擬音装置を怖がることがあるが、ここは設置されていないのが良かった。暗いと怖がる傾向があるが、明るいトイレなので全く問題がなかった、広さは2人で入るのに十分であったという評価がありました。ベビーカー連れの方からも車いす使用者トイレほど広くなくても入れた、複数の兄弟と入れてよかったという評価がありました。
 トランスジェンダーの方からは男女共用トイレが複数あることで気兼ねなく入りやすくなる。自分が1つを埋めてしまったとしてももう1室あるというところが利用のハードル、心のハードルを下げる、人の目の存在やトイレが明るい点も安心感につながっていると評価いただきました。
 また、特に性別の移行期に性別を問わず利用できるトイレが欲しかった。移行期でなくても自分の状況、自分が誰といるかに応じて、その日の自分の服装に合わせて利用できるトイレが選べるというのは非常に安心感につながるというご意見がありました。
 乳幼児連れの方はベビーカーや親子で入れるトイレを望まれます。中には女性専用であればいいなという声がありましたが、混雑しがちな女性トイレから独立しているという点は評価をされていました。発達障がいの保護者の方は先ほど言ったとおり、聴覚過敏のお子様がいるため個室を望むことがあります。異性の親子の場合は男女共用トイレを望みますという声でした。高齢者の異性介助の方もバリアフリートイレほどスペースは必要としないので、それとは別にあると気兼ねなく利用できます。
 横浜駅の利用実態の調査結果に関しては、ウェブサイトに1月25日に公開していますのでご確認いただければと思います。
 トイレの設け方はさまざまだと思います。横浜駅の場合は、男女トイレ、バリアフリートイレがあって、男女共用の個室トイレがありましたが、バリアフリートイレが男女共用の個室トイレを兼ねる場合もあろうかと思います。現場によってはさまざまな設置の仕方があると思います。
 今後は快適に利用できるトイレは当然として、気兼ねなくお互いに気持ちよく使っていくにはどうしたらいいのかを注目して考えていきたいと思います。


講演A 「トランスジェンダーの立場から」 塩安 九十九氏

(以下、講演概要)

 新設Cチーム企画の塩安九十九(しおやすつくも)です。トランスジェンダーの立場から情報提供出来たらと思います。私は元々女性で、今は好きな格好で暮らしている当事者です。
 トイレの面で、性的マイノリティ、特にトランスジェンダーへの配慮をどういう風に出来るかという話として特化して配慮いただくのはよいですが、そもそも現在の科学では身体的にもいろんな性別のあり方があり、脳の面でもいろんな性自認のあり方があると分かってきているので、誰が当事者かそうでないか、その人のアイデンティティにフォーカスすることがそこまで大事かという面もあると感じています。
 ファッションでは、ジェンダーレスなファッションの流行や、お年を召された方とかはあまり性別に関係ない格好をされていて、一見おじいちゃんかおばあちゃんか分からない方もいます。私たちが見慣れてない人種の方だと男の人か女の人か分からないこともあると思います。
 例えば、私の友達はシスジェンダー(体と自覚する性別が一致している)でヘテロセクシャル(異性愛)の女性という自認を持っていますが、女性トイレを使うたびに「ここは男性用トイレではないよ」と言われたりしています。その人がどう思っているか、アイデンティティを持っているかより、どういう風に周りがいろんな見た目の人をトイレでインクルーシブに対応するかを考えることも大事ではないかと思います。
 しかし、トランスジェンダーの人たちがトイレで困っていることは事実です。安心・安全に排泄できる権利、人権が守られてない所は、しっかりと取り扱っていく必要があると思いますので、この勉強会は非常に重要だと考えています。
 職場や駅、学校といった、いつも使うトイレを想像して下さい。そして、いつも自分が使う性別のトイレではない性別に入ることを想像して下さい。中に抵抗なく入れましたか?それとも入りづらいなと思いましたか?おそらく、多くの人が違和感を覚え、「入りたくないな」と思ったでしょう。そういった感覚をトランスジェンダーの人たちも感じていると想像してもらえたらと思います。トランスジェンダーの人がどういう風にトイレで困っているかの調査ですが、やはり周りの視線が気になる人が3割いたり、実際に注意されたり、睨まれたりといった体験をする人もいるし、そもそも選択肢がなくて困ることもあります。
 トイレに入れないことによって、トランスジェンダーの人が抱えることは本当にさまざまです。
 私は元々女性で、徐々に今のような見た目が男になってきています。在学中は女子トイレに入ることが出来ず、我慢するしかありませんでした。移行していく過程では、バリアフリートイレを使うことがありましたが、「健常者なのに何で使っているんだろう」という目で見られるのが嫌で、障害者トイレを使うことに気兼ねがありました。私は介護職をしていたこともあり、健常者が車いす用トイレに長居するのは深刻な迷惑ということを職業上知っていました。そういう意味でもバリアフリートイレと別に男女の性別のないトイレがあればと思っています。
 男性用トイレでも個室で排尿する方が結構いることが分かっています。
 例えば、私がトランスジェンダーだってカミングアウトすると「じゃあトイレはどっちに入りますか」と興味津々に聞いてくる人がいます。私は男性器を形成していませんが、髭もあって見た目はほぼ男性のため、女子トイレに入るのは良くないと思っています。聞いてくる方はおそらく立小便が出来ないのに男子トイレを使うのかと思っています。そういった方は身体の形状と便器の形状・トイレのハード面が繋がって認識しているのだろうと思いますが、排泄というのは非常にプライベートな行為であることに気づきます。セクシャリティの問題とは別に、どれだけ自分のプライベートな行為とか部位をどう考えるかということもトイレの問題になっていると思います。基本的に排泄の行為というのは個別でもいいと思います。
 私は個別トイレを推進しますが、男性から女性に移行する人にとってはトイレの問題は大きく、女装者として犯罪者として見られるかもしれないリスク、単にトイレを使っているだけにもかかわらず通報されるかもしれないリスクを感じながら暮らしています。性同一性障害の診断書を持ち歩いて暮らしている人もいます。いわゆるトランスジェンダーと言っている戸籍上男性の人がショッピングモールで女性用トイレを使っていたということで通報されてニュースになりましたが、ほとんど私を含めてトランスジェンダーの人は無事に毎日普通にトイレをしています。センセーショナルなことがあったように取り扱うメディアもすごく私は嫌だと思っています。普通に迷惑行為をしているなら注意する必要がありますが、排泄のために使っているのであれば排泄させてほしいと思います。精神面のストレスや身体面のストレスは大きく感じていて、トランスジェンダーの4人に1人が排泄障害を経験しています。
 私のメッセージとしては単に排泄したいだけにもかかわらず、これだけ負担を抱えさせられる社会がどうなのか。誰もが安全に排泄出来る権利を保障する社会についてもっと知ってほしいと思っています。
 トピックをいくつか紹介します。トランスジェンダーや男女区分けのないトイレが増える、あるいはトイレが男女別ではなくなると女性への犯罪が増えるのではないかという主張がありますが、社会全体がどういう社会かにも起因します。そもそもトイレでハラスメントに遭っているトランスジェンダーの問題にもまずは取り組む必要もあると思います。多くのトランスジェンダーの人が嫌な目にトイレで遭い、性暴力の被害者にもなっています。トイレを安全にするため、あらゆる場面でのハラスメントを許さないという毅然とした態度が、女性への暴力も防止し、トランスジェンダーへの暴力も防止すると考えています。
 日本はジェンダー指数ギャップが121位にあり男女差別のある国です。トイレのスタイルだけ西洋風にしても、アンバランスな状態だと思います。そもそも、性の人権とは何なのかも含めて社会的なコンセンサスがありません。家や学校、電車の中など日常的に女性へのハラスメントが多い社会では、性別で分かれていないトイレを女性が安心して使うことは難しいのは当然です。女性への暴力はもちろんのこと、男尊女卑的価値観を許さないという、根本的なところも大事に取り組まねばならないと思います。
 アメリカのニューヨークの美術館では、「あなたの性自認に基づいたトイレを使っていいです」といった表示があります。私としてはトイレの概念自体を考え直すことも面白いと思っています。
トイレは目立たないように、建物の中でも分かりづらい場所にあることも犯罪が起きやすい一因と思います。
 北欧のように一番目立つ、誰もがアクセスしやすい所にトイレを配置することも必要かもしれません。トランスジェンダーの人が障害者用トイレを使いにくいという話ですが、いろんな啓発をすることによって改善出来ると思います。排泄についての権利、平等の意識が高まったら、車いすトイレで迷惑行為をする健常者も減って男女に分かれたトイレにトランスジェンダーの人が普通に入れるので、バリアフリートイレを使うことも減るかもしれません。
 障害者の人たちにもトランスジェンダーの事情を分かってもらうことが必要と思います。もっとトイレの中での啓発をしていく余地があるのではないかと思います。


講演B 「『オールジェンダートイレ』の『オール』とは誰か?:ICUの試み」 加藤 恵津子氏

(以下、講演概要)

 皆様こんにちは。国際基督教大学 ICUの加藤恵津子(かとう えつこ)と申します。
 私は文化人類学とジェンダー・セクシュアリティ研究が専門の教員であると同時に、学生部長という行政職で、学生全体の安全や健康について考えたり工夫したりする立場にあります。
 今日は 本学が導入しましたオールジェンダートイレを一例としてご紹介し、皆様のお役に立てればと思っております。
 多目的トイレ、誰でもトイレ、ジェンダーフリートイレ・オールジェンダートイレ。これらのトイレはどこが違うでしょうか。これまでのご講演では「バリアフリートイレ」とか「男女共用トイレ」という異なる言い回しも出てきましたが、これらは一体何を意味しているのか、どこが違って、どこが同じかなのですが、これらは全て同じものを指すことが出来ます。私たちは専門職でもない限り、あまり意識しないでこれらを同じ意味で使いがちだと思いますが、言葉がもたらす印象は非常に異なると思います。
 例えば、「多目的トイレ」といえば、障害や持病のある方のためのものかなと思いますが、実際そうであることが多いです。では「誰でもトイレ」と言い換えれば、私も使っていいのかなとなりやすいですが、「事情のある人が優先」、「多目的トイレの別の言い方」という風に考える方が多いのではないかと思います。
 「ジェンダーフリートイレ」については、まず「ジェンダーフリー」という言葉そのものに抵抗がある、あるいは誤解される方も多いかと思います。「自分のジェンダーを捨てないといけない」とか、「自分を女性だと思っている、または男性だと思っている人は使ってはいけない、性別がどっちでもないというフリーな人しか使ってはいけない」という誤解もありますでしょうし、場合によっては過激思想についている名前だという誤解をされている方もいますが、早く誤解を解いていただきたいと思います。
 「バリアフリートイレ」は多目的トイレや誰でもトイレと重なると思いますし、「男女共用トイレ」というのはここでいうジェンダーフリートイレにある程度合致すると思います。
 私の在籍する国際基督教大学では、このたび導入した新しいトイレに「オールジェンダートイレ」という言葉を使用しています。文字どおりあらゆる「ジェンダー(アイデンティティ)」、日本語でいえば「性自認」、その学生や教職員のためのトイレという意味です。
 自分を女性だと思っていて、身体は女性、このような方は「シス(cis)ジェンダー」、身体は男性の場合は「トランス(trans)ジェンダー」と呼びます。
 自分を男性だと思っていて身体も男性である方はシスジェンダー、身体は女性である方は トランスジェンダーになります。時によって違う人は「ジェンダーフラックス(flux)、どちらか一つではないと思っている人は「ノンバイナリー(non-binary)」という言い方と、このように非常に多様な性自認を持っているメンバーから本学が成り立っております。
 本学ではオールジェンダートイレを2020年9月に導入しました。最も多くの授業が行われている本館、エレベーター近くの最も目立つ場所に設置し、1階から3階につけました。フロアごとの個室数は 11で、元々男女別トイレがあった場所に出来ましたが、従来の男女別トイレも引き続き存在していますので、オールジェンダートイレか男女別トイレを使うか選ぶことが出来ます。
 なんで作ったの?とよく質問を受けます。日本語の「なんで」には、「Why(なぜ)」と「How(どのように)」という2つの意味がありますので、2点について説明いたします。
 1つめ「Why(なぜ)」。なぜ、オールジェンダートイレを作ったのかですが、元々トイレが古くて改修が必要だったこと、学生や受験生から非常に不評であったことから改修をしなくてはいけませんでした。どうせ改修するなら新しい発想で新しいトイレを作りたかったと本学の管理部管財グループが申していました。
 しかし、新しい発想のトイレとして、なぜオールジェンダートイレを思いついたのかという疑問があるかと思います。大学によっては、トイレを新しく改修する際、女子学生がお化粧をするためのパウダールームを充実させる、という発想で作る大学もありますが、本学はそうではありませんでした。なぜオールジェンダートイレを思いついたのか、それには「ジェンダーやセクシュアリティに敏感な大学」に向けての本学のおよそ20年弱の歴史があります。
 まず本学は2004年にジェンダー研究センターという研究所ができ、翌年、「ジェンダー・セクシュアリティ研究」プログラムという研究専攻(ジェンダーやセクシュアリティについて、集中して勉強できるような専攻)を開始しました。学生の非常に自発的な「ジェンダー・セクシュアリティに敏感な大学」に向けての動きが、目に見える形で露わになっていきました。ジェンダー・セクシュアリティ研究を集中して勉強したいという学生たちの自発性が高まりました。
 当時「学生団体シンポジオン」という名前のものがありましたが、この団体が LGBTQ+の学生たちの声を拾い上げてさまざまなイベントを催しました。座談会とか読書会のようなもの、大学への要望を発信するようになりました。ジェンダー研究センターには助手という制度があり、大学院生たちがアルバイトとして務めていましたが、その方たちが独自にLGBTQ+の学生たちのためにガイドブックを作りました。
 当時本学には男女別の寮しかありませんでしたが、男女別の寮では生活しづらいという声がありました。特に男子寮ではホモフォビア(同性愛嫌悪)的な言動があり、いわゆる男らしさと違う見かけや行動をする男子学生がからかわれたりして、非常に居づらかったという声、体育館や寮などに、男女別のシャワールームやお風呂があったわけですが、同性にも体を見られたくないという声が聞かれました。シャワールームやお風呂は、男同士、女同士でまとめられていますが、男性から女性 女性から男性へ移行しつつある学生、ホルモン注射を打っている人、手術の途中である学生は、いわゆる「同性」にも体を見られたくないと言っていました。また同様に健康診断でも男女別にしていますと、「同性に体を見られることになるので嫌」という声もありました。同様にトイレは男女別にあったため、やはりトイレを我慢する、男女別トイレでは違和感があり、多目的トイレには人目が気になって入れないといった声がありました。
 ジェンダー研究センターの助手である大学院生たちによるさまざまな発信の例も挙げます。
 いわゆる多目的トイレ、車椅子やオストメイトが必要な人のためのトイレがキャンパス内にぽつぽつと分散してありましたが、その場所を示した地図や、性別変更により氏名変更する必要がある学生のための学内手続きの仕方を記したガイドブックを、紙媒体とオンラインで発表しました。オンラインでの発表では学外の方たちがたくさんご覧になり、大学へ問い合わせてきます。ジェンダー研究センターではなく大学の総務部、学生サービス部などに問い合わせが来ます。そうすると大学全体の意識が徐々にジェンダー・セクシュアリティの多様性に向かい、大学はこのことに敏感であるべきだという意識・感性が増していったと考えられます。そういった学生たちから始まった動きに背中を押されるような形で、いろいろな変化が過去20年生じてきました。
 まず名簿の男女(M,F)表記の廃止、体育の授業も男女別に行っておりましたがこれも廃止し、男女共同でつまりジェンダーに関わりなくクラス分けをしています。2017年に新しい寮を建てるときには、それまで全部2人部屋でしたが、個室に男性・女性問わず入ってよいというフロアを設けました。ジェンダー的な多様性のためだけではなく、イスラム教徒の学生から1人で一日に何回もお祈りをしたいという要望もありましたので、様々な意味での多様性のために寮にこのようなフロアを作りました。そして2020年にオールジェンダートイレ、また 2021年には学生健康診断にオールジェンダーの時間帯を設けました。今年(2022年)の4月からは、ほとんどの書類の性別欄を廃止します。どうしても必要な場合は、男性・女性・指定なしの三択から選べるようになります。
 続いて、「How(どのように)」。どのようにオールジェンダートイレを作ったのかです。
 まず、管理部管財グループがオールジェンダートイレを発案し、理事会から承認を受けました。
次にグループ代表の方と財務理事の方、それから私(学生部長)と設計会社・建設会社によるミーティングを開始、さらに学生への事前アンケートを行いました。オールジェンダートイレを作ることに賛成か反対かを尋ねるアンケートではなく、「設置することを前提とした意見調査」を行いました。ジェンダー・セクシュアリティ研究専門の教員たちに間取りなどについての意見も伺い、教職員にもアンケートに回答いただきました。教職員や学生の反応(回答数96)では、少数の明らかな喜びの声、少数の明らかな反対の声、それから多数の賛否入り混じった声、具体的な不安の記述がありました。例えば、特に女子学生から、音が隣の個室に聞こえたら恥ずかしいとか、個室に出入りする時に異性に会ったら気まずい、男子が使ったら便器が汚れないか、使いたくないといった意見、教員にも同様の意見があり、全て設計の参考にさせていただきました。さらに 管理部管財グループからこういった声に対して、学生たちに丁寧な返答のメッセージを公表しました。
 設計では、音が隣に聞こえないように防音に注力し、壁を厚くして天井まで壁が延びています。また出入り口と手を洗う場所を2個離れて作り、男性が入りやすい入口、女性が入りやすい入口になるように仕掛けをしました。1つの入り口のそばには、新幹線にあるような男性用の小便用ブースを設置して男子が入りたくなる設計にしました。個室のドアの向きは、かざぐるま状のいろいろな向きで鉢合わせを防いでいます。追い詰められたら怖いと思う人もいると考え、行き止まりを作らないようにしました。
 トイレの中にも2か所可動式の壁を作って、男子トイレ、女子トイレに分けることも出来るようにしています。普段は 壁がありませんが、ドアのように広げて壁を作れるようになっています。
 状況や要望によってフレキシブルに対応すべくこのようなデザインにし、多目的トイレ、つまり車椅子とかオストメイトが必要な方のトイレも一番手前に作りました。3か月後、学生にアンケートを採りました。回答した人は266人で、反応はどうだったかというと、オールジェンダートイレを使ったことがあるかという問いに200名超が「はい」と答え、使っていない方の主な理由としては、コロナ禍のために大学にまだ来ていないという回答でした。オールジェンダートイレについての満足度では、「大変満足」が18% 「満足」が41%。面白いことに「普通」というのが28%でした。「やや不満」や「大変不満」がむしろ少数派でした。オールジェンダートイレを使う際の意識については、「好んでオールジェンダートイレを使っている」という回答は20人、一方で「通常の男女トイレと同じように使っており、特に何も意識していない」という方が実は一番多く120人。「両方空いていれば、どちらかというと男女別トイレを使う」、「使用に抵抗はあるが、使用が出来ないほどではないので使っている」というのが30名前後でした。
 さらに1年後の2021年11月に再びアンケートを行いました。回答数は307名に増えていますが、307人のうち、「まだ使っていません」という人は10名だけでした。満足度については「やや不満」「大変不満」は 合計8名のみでした。つまり、使った297人の大半は、使用して「大変満足」、「満足」または「普通」と回答し、満足な方からは、「きれい」「安心感がある」「個室感があって非常に安心する」「やや狭い」「ちょっと迷子になりそう。あとは別に可もなく不可もない」というお答えもありました。あるいは「存在することに意義がある」「いろいろジェンダーについて考えるきっかけになる」「すごくうちの大学らしい」という理念的な側面での賛成の意見もありました。
 オールジェンダートイレはジェンダーだけの問題ではないと思います。トランスジェンダーではない学生からも、個室感があって安心するという声が多数上がっていますので、「個人」の尊厳の守られた空間だということを意味すると思います。事情のある方にとって快適なトイレは、今まで特に事情なくトイレを使っていた人にとっても安心出来る快適なトイレでもあり得るかもしれません。また、オールジェンダートイレはトイレだけの問題でもないと考えます。トイレだけオールジェンダーにしても意味はないということです。本学は寮や体育の授業、さまざまな面でオールジェンダー化を進めていますが、全体として職場や学校、施設などがどの方向に向かうかが重要ではないでしょうか。
 本学にはときどき、「犯罪が起きたらどうする」、「うちはお金がない」、「場所がない」といったコメントが寄せられることがありました。使用していない方が苦情や不満、批判をされていますが、本学はあらゆるトイレがオールジェンダーであるべきという立場にも立っていませんし、個々のケースに助言する立場にもありません。周囲の環境、利用者の顔ぶれ、資金、スペースなどを総合的に考慮されて個別に判断されることをお勧めします。
 本学の例が、何かお考えのきっかけになれば幸いです。ご清聴ありがとうございました

当日の配布資料及びパネルディスカッション